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【シマチカ姉さんが行く】「チキンライスばかり食べていた」…来日60年、キューバ出身第1号の元阪急バルボンさん、母国の後輩たちのプレーに感無量

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【シマチカ姉さんが行く】
「チキンライスばかり食べていた」…来日60年、キューバ出身第1号の元阪急バルボンさん、母国の後輩たちのプレーに感無量

日本プロ野球のキューバ出身第1号選手で、現在はオリックス野球教室の名誉顧問を務めるロベルト・バルボンさん

 「お元気でしたか」「ぼちぼちねー」などと人なつっこい笑顔で誰かれかまわずあいさつを交わす。阪急、近鉄で活躍したキューバ出身のロベルト・バルボンさん。「昭和8年生まれねー」ということで御年81歳。陽気な性格にコテコテの関西弁のインパクトは相変わらず強烈です。

 現在はオリックスの野球教室名誉顧問。そのバルボンさんが先日、DeNA戦が行われている甲子園球場に現れました。ベイスターズに今季入団した「キューバの至宝」グリエル内野手に会いに来たそうで、両手には知り合いからの頼まれ物やたくさんの差し入れ。「よく知ってるよー。うれしいねー」と数カ月ぶりの再会を楽しんでいました。

 バルボンさんとグリエルの父ルルデスさんとは以前からのお友達。ルルデスさんはかつて社会人野球の阿部企業(神戸)でプレーしていたことがあり、よく知っていたそうです。「何年か前にグリエルがキューバ代表で来日した時には一緒にお父さんとスタンドから試合を観たよー。キューバでこっちに来たメンバー、いっぱい知ってるねー」

 日本プロ野球のキューバ出身第1号選手。オールドファンにはバルボンさんというより坊ちゃんやボクを意味する「チコさん」の方がしっくりくるかもしれません。1933(昭和8、ですね)年3月、キューバで11人兄弟の末っ子として生まれ、18歳のときに米国へ渡りました。

 当時米国で行われたアフリカ系アメリカ人中心のニグロリーグで野球キャリアをスタート。1954年にドジャースのキャンプに誘われ、実力を認められましたが、人種差別などの苦労もあって結局、帰国。国内リーグでプレーしていた時に日本から誘われ、1955年に阪急ブレーブスに入団しました。

 来日1年目から活躍は目覚ましく、二塁手として最多安打に得点王を獲得。58年からは3年連続盗塁王も。65年に近鉄に移籍、その年に現役を引退しましたが、その後もコーチや通訳で皆を楽しませ? 今もオリックスの職員として活動しています。

 今年はそんなバルボンさんにとって、感慨深い1年となりました。キューバ政府が国内選手の海外でのプロ契約を認め、巨人にはセペダ外野手とメンドーサ投手、DeNAにグリエル内野手、ロッテにデスパイネ外野手と続々入団してきたからです。

 来日4年目に起きた59年のキューバ革命。一度帰国すれば出国できなくなると日本での生活を選択、「つらかったけど、仕方なかったねー」とバルボンさんは述懐します。中日・リナレスの特例はあったものの、それ以降、キューバは国内選手の海外プロ契約を禁止。その結果、亡命や国際大会での成績低迷を招き、半世紀以上の時を経て解禁となったのです。

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