産経WEST

【ベテラン記者のデイリーコラム・安本寿久の先人めぐり】志田林三郎(9)手書き英文210ページ卒論 3カ月かけ渡英「電気工学…真理を知りたい」

産経WEST 産経WEST

記事詳細

更新

【ベテラン記者のデイリーコラム・安本寿久の先人めぐり】
志田林三郎(9)手書き英文210ページ卒論 3カ月かけ渡英「電気工学…真理を知りたい」

グラスゴー大留学時代の志田林三郎(多久市郷土資料館提供)

 グラスゴー大は1451年創立。英国で4番目に古い大学である。創立の年は日本では室町時代。それも応仁の乱以前で、その時代にアカデミックな場ができていたのだから、それだけでも日本人には驚きだ。

 輩出した学者の顔ぶれもすごい。経済学者のアダム・スミスや蒸気機関の発明者、ジェームス・ワットなど、現在の日本の教科書でも載っているビッグネームが並ぶ。林三郎が留学した当時の在学生は約2万4000人。その1人に林三郎はなったのである。

 この大学で林三郎は、大学の主とまでいわれた物理学者、ウイリアム・トムソン(ケルビン卿)に師事した。工部大学校の土木工学教師、ジョン・ペリーがケルビン卿の門弟だった縁があったからである。林三郎は留学に当たって、ペリーの紹介状を持参していた。林三郎の真摯(しんし)な勉学ぶりにケルビンが興味を持ち、自分のそばに置いたともいわれる。その指導の熱心さに他の学生からやっかみの声も出て、林三郎が遠慮の気持ちを持つと、ケルビンはこう言ったという。

 「真理を求めて一人の学生が悩んでいる。教師がそれを手助けして何が悪いのかね」

 当時の林三郎の勉学ぶりを示す逸話がある。英国の電気学の大家のオスボルンという博士が、学術雑誌に投稿した論文に疑問を持って反論を投稿した。それが掲載され、オスボルンが再反論した。それが「たかが日本の書生が」という雰囲気を持ったものだったために、林三郎は異例のことながら、さらに反論して英国世論を驚かせた。

 一方で、研究実績は確実に積み上げた。ケルビンの指導の下で行った電磁気測定実験の結果を、英国学術協会で講演した。同協会は英国でもトップクラスの科学者の集まりである。磁気電流計に関する論文は、専門雑誌に発表した。この論文を具体化する装置は帰国後の明治18年、実際に製作している。

関連トピックス

「産経WEST」のランキング