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【記憶の中に】大阪は核投下の実験場だった…平成の時代に判明した「模擬原爆」フワッと落下、周辺は焦土に

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【記憶の中に】
大阪は核投下の実験場だった…平成の時代に判明した「模擬原爆」フワッと落下、周辺は焦土に

 同会によると、昭和20年7月20日から8月14日まで、全国30都市に計49発が投下され、死者400人以上、負傷者1200人以上を数えた。東住吉区に落ちた爆弾もその1発だった。

 模擬原爆は、長崎に投下されたプルトニウム爆弾「ファットマン」と形状や重さが同じで、長さ3・25メートル、直径1・52メートル、重さは1トンどころか4・5トン。カボチャのような丸い形をしているため「パンプキン爆弾」とも呼ばれる。

 同会の金子力さん(63)は「原爆を落とす準備のため、攻撃の対象でない場所に実験として投下された爆弾だった」と話す。

 模擬原爆といっても威力は大きかった。大阪大空襲などでB29が投下した1トン爆弾や焼夷弾(しょういだん)の爆撃とは明らかに異質だったという。

 着弾地点の近くにいた人たちは「周辺を一瞬で廃虚に変えた。激しい爆風があった」と証言している。

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