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【若手記者が行く】「特殊浴場と共存」は昔の話、旅館2代目たちが「脱風俗」のイメージチェンジに奮闘する「おごと温泉」の“今”

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【若手記者が行く】
「特殊浴場と共存」は昔の話、旅館2代目たちが「脱風俗」のイメージチェンジに奮闘する「おごと温泉」の“今”

 かつて「関西屈指のソープランド街」と共存して名をはせた雄琴温泉(大津市)が、イメージチェンジを進めている。平仮名表記の「おごと温泉」を名乗って、「京都に最も近い温泉街」を前面にPR。その結果、男性客しかいなかった温泉街に、家族連れや女性客らが訪れるようになり、収益の柱でもある団体客や修学旅行客も戻ってきた。ソープランドのイメージ脱却を掲げて、歓楽街から観光地への脱皮を図ろうと奮闘する温泉街の姿を追った。

(大津支局 和野康宏)

「雄琴=“関西No1ソープ街”」イメージが強く…

 琵琶湖南西部に位置するおごと温泉は、比叡山延暦寺を開いた平安時代の僧、最澄が源泉を発見したとされ、約1200年もの歴史と伝統を誇る。戦後の高度経済成長期以降は、旧国鉄湖西線(現・JR湖西線)の開通などアクセスの向上も手伝って大いににぎわった。

 当時の牽引(けんいん)役となったのは、昭和40年代に相次いでオープンしたソープランド街だった。温泉街から南へ約500メートル離れて一線を画し、源泉を引き込んでいるわけでもない。それでも、一時はソープランドの利用客が大量に温泉街に流れ込む恩恵を受けたが、一方で、「雄琴=風俗街」というイメージから女性客や修学旅行客らがまったく寄りつかなくなった。

 その後、マイカーの普及でソープランド利用客が温泉街に立ち寄らなくなると、宿泊客が激減。28軒あった温泉旅館が次々に閉店し、気がつけば生き残ったのはわずか10軒という危機的状況に陥った。

 そんななか、各旅館で世代交代が進み、旅館やホテルの跡継ぎたちが中心になって平成10年に「雄琴青経塾」を結成。温泉街の改革に乗り出した。

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