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【ベテラン記者のデイリーコラム・鹿間孝一のなにわ逍遙】鷹は飛び立つ…「懐かしの球場」はタイムマシンのような写真集だ

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【ベテラン記者のデイリーコラム・鹿間孝一のなにわ逍遙】
鷹は飛び立つ…「懐かしの球場」はタイムマシンのような写真集だ

 今年のプロ野球は、日本ハムファイターズの大谷翔平投手が連発する160キロの速球が話題だが、個人的には、最も速い球を投げたのは関西大学時代の山口高志投手(現阪神タイガース投手コーチ)だと信じて疑わない。

 学生時代、日生球場で行われた関大-同志社大戦を見に行った。うろ覚えだが、1972(昭和47)年だったと思う。

 同志社の学生だから、当然、応援席に陣取るべきなのだが、バックネット裏の最前列のチケットを買った。登板予定だった山口投手の剛速球を体感したかったからだ。

 噂に違わぬとはこのことだろう。

 捕手の真後ろだが、ホームベースから20メートル以上も離れている。高校まで野球をやっていたから、ある程度の速球は見慣れている。それでも、一球ごとに、思わずのけぞるというか、身を避けた。物理的にはありえないが、よく言われるホップする球を初めて見た。

 当時はまだスピードガンはなかった。しかし、あれば160キロ以上が計測されていただろうと確信する。

 日生球場はプロ野球の近鉄バファローズの本拠地として知られたが、昭和25(1950)年に日本生命がアマチュア野球の発展のためにと建設し、関西では学生野球、社会人野球のメッカだった。

 高校野球も行われた。清原和博選手、桑田真澄投手を擁したPL学園の試合は取材で観戦した。昭和60(1985)年の夏の高校野球大阪大会の決勝戦。

 清原選手が2本のホームランを放った。うち1本は超満員の左中間スタンドを超えて場外に消えたと記憶している。

 打球も高校生ばなれしていたが、試合後のインタビューも堂々としたもので、すでにスターのオーラを放っていた。

 JR大阪環状線の森ノ宮駅の東側という抜群の立地条件だった日生球場は、平成9(1997)年に老朽化のため閉鎖された。

 消えたといえば、大阪球場も南海ホークスもすでにない。

 大阪球場では、このシーンが目に焼きついている。

二大繁華街ミナミど真ん中で「長嶋君ではありませんが、ホークスは不滅です」

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