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【古代天皇誌】斉明天皇(3)「狂心」と非難された無謀な運河開削

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【古代天皇誌】
斉明天皇(3)「狂心」と非難された無謀な運河開削

 皇極朝時代とは、天皇を取り巻く政治的状況はがらりと変わりましたした。当然ながら、蘇我氏の本宗家を撃墜したため、天皇に政治の主導権が戻りつつあったからです。

 斉明天皇は、興事(おこしつくること)(土木工事)を好みました。でも、今にいうインフラ整備とはいささか趣が異なります。

 大工事ではなかったかと思われるのは、水工(みずたくみ)らに命じて水路を掘らせたことです。この水路は、香具山の西から現在の天理市付近の石上山(いそのかみのやま)までに至るもので、運河とよぶべきかかもしれません。

 石上山を飛鳥あたりとみる説がありますが、考古学の調査によって出土する石に、天理砂岩とよばれる加工しやすい岩石があることからも、天理市の石上町や豊田町の付近とみるのでよいと思われます。

 舟200艘(そう)をもって石上山の石を運び、後飛鳥岡本宮(のちのあすかおかもとのみや)の東の山に、その石を積み重ねて垣としました。この無謀とも思える工事に対して、当時の人は、この水路を「狂心渠(たぶれこころのみぞ)」と非難しました。水路を掘るために功夫(ひとちから)(工事従事者)が延べ3万人余り動員され、宮の東の垣をつくるのに延べ7万人余りの人が使われました。宮を建築する用材は朽ち果て、山頂は「それでもって埋もれるような光景を呈した」と言われました。

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