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ゲーム産業の父に2千人がお別れ 任天堂の山内溥氏葬儀、イチロー「私の決断を受け止めてくれた」 

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ゲーム産業の父に2千人がお別れ 任天堂の山内溥氏葬儀、イチロー「私の決断を受け止めてくれた」 

 任天堂を世界的ゲーム会社に育て、19日に85歳で死去した前社長の山内溥氏の葬儀が22日、京都市南区の任天堂本社で営まれた。

 京セラの稲盛和夫名誉会長やパナソニックの大坪文雄特別顧問ら約2千人が弔問に訪れ、一部は会場に収まりきらず、正門付近に設けられた特設テント内に参列。「ゲーム産業の父」の功績をしのんだ。

 「マリナーズに入団したときだけでなく、退団の際も私の決断を受け止めてくれた」。弔電を通して、その温かい素顔に触れたのは昨年7月に米メジャーリーグのシアトル・マリナーズからヤンキースに移籍したイチロー選手だった。

 山内氏は平成4(1992)年、当時経営危機に陥っていたマリナーズに出資し、日本の資本として初めて大リーグの球団経営に参入。日本人にとって大リーグを身近な存在にした。

 おおらかな人柄の半面、ゲーム作りには妥協を許さない厳しさもあった。葬儀委員長の岩田聡社長は弔辞で、「めったに人を褒(ほ)めない。笑顔を見たことがない社員もいた」と振り返った。

 社員の失敗をとがめることはなかったが、むしろ他人と同じ試みをする社員には怒りをあらわにした。独自性に徹底的にこだわる姿勢を貫いたからこそ、家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」を世界的な産業に成長させたという評価は多い。同じ名前が多かった自身の「博」を50歳で「溥」に改めた逸話を持つほどだ。

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