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【ベテラン記者のデイリーコラム・石野伸子の読み直し浪花女】石上露子伝説のリレー(8)京大出の長男、引き取った夫…次男も自死、香を焚き続け

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【ベテラン記者のデイリーコラム・石野伸子の読み直し浪花女】
石上露子伝説のリレー(8)京大出の長男、引き取った夫…次男も自死、香を焚き続け

 ゆきかづく異形の木どもよりそひて あはれにたちぬまどのゆふぐれ

 夕暮れどき、窓から見ると雪をかぶった異形の姿をした木々が寄り添って立っている。なんとあわれな姿だろう。

 昭和10(1935)年5月に発刊された「冬柏」第5号に掲載されたこの歌を最後に、石上露子の名前は再び歌壇から消える。27歳で筆を折った作家活動を50歳にして再開してわずか4年後の出来事だった。

 露子はその前の年、京都の家をたたみ、堺の浜寺に帰った。長男の善郎が京大を卒業し、次男の好彦が三高を卒業し東大入学を果たしたからだ。自伝「落葉のくに」にはこの帰郷を、「まことかくてわがよのはてにもつづくおち葉の径」と、不吉な予感をまとわせている。

 冒頭にあげた歌にも不穏な空気が流れている。

 露子は富田林の実家でなく浜寺(堺市)の別宅に帰っていたが、夫とは別居していた。そんな中、長男が結核を発病し、わずか29歳の若さで隠居し、分家していた次男・好彦に家督を譲るという事態を迎える。

 好彦の方は、東大で時代の先端をゆく飛行機の操縦に魅せられ、学生パイロットとして華々しい活躍を始めていた。新聞社主催の学生航空選手権で優勝し、何度も写真入りで報道。石上露子再発見のきっかけとなった婦女新聞の投稿に、「往年の夕千鳥さんは、いま富田林の屋敷は留守宅の者に任せ、浜寺に住んでいる。長男は京大出身、次男は従軍した学生鳥人として新聞にも報道せられ、2人のよき子をもたれる」と答えた記事が出たのは、ちょうどそのころだ。

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