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【関西の議論】淡路島に幻の特攻訓練飛行場、機密保持の名残で呼称は今も「○○(まるまる)」

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【関西の議論】
淡路島に幻の特攻訓練飛行場、機密保持の名残で呼称は今も「○○(まるまる)」

 第二次大戦末期の昭和19(1944)年11月、兵庫県・淡路島南西部で陸軍の飛行場が開設された。開設期間は終戦までのわずか9カ月間。戦後、すぐに取り壊され、詳しい記録は残っていないが、特攻隊の訓練飛行場としても使用されたとみられる。当時は機密保持のために「飛行場」と口にすることさえはばかられ、付近の住民らは、そこを「○○(まるまる)」と呼んだ。戦後68年を経て、その痕跡は「幻」になりつつある。当時を知る人たちは80歳を超えたが、歴史を風化させまいと、その存在を語り継いでいる。

終戦1年前から使用

 「戦争はつらくみじめなもの。だが、当時の飛行機乗りは『羨望の的』で志願する人も多かった。あのときは、負けるとは思っていなかったんだ」

 当時、飛行機の修理などを担当していた同県南あわじ市松帆高屋の農業、沖延彦さん(85)は、かみしめるように語った。

 見渡す限り水田が広がる同市北西部の松帆、榎列地区。現在の風景を見ても、ここに飛行場があったとは想像しがたい。だが、ここには確かに、広大な軍事施設が存在した。

 地域史「三原郡史」などによると、飛行場は昭和19年4月、広大な田んぼの真ん中で建設が始まり、突貫工事で同年11月に完成。建設中の9月ごろにはすでに運用が始められていた。

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