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【関西歴史事件簿】坂本龍馬・いろは丸事件(上) 怒りの龍馬、本邦初の「損害賠償」請求提訴へ…海難事故で大量の武器が海の藻くずに

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【関西歴史事件簿】
坂本龍馬・いろは丸事件(上) 怒りの龍馬、本邦初の「損害賠償」請求提訴へ…海難事故で大量の武器が海の藻くずに

 元号が明治に変わる前年の慶応3(1867)年4月24日、坂本龍馬ら海援隊が操船する「いろは丸」が瀬戸内海を航行中、紀州藩の軍艦「明光丸」と衝突して沈没した。沈んだ船は伊予・大洲藩からの借り受けたもの。しかも積み荷が海の藻くずと消える始末。これでは収まらない龍馬は国際ルールをたてに紀州藩相手に前代未聞の損害賠償請求訴訟を起こす。後にいわれる「いろは丸事件」の始まりである。

近づく巨大船

 4月23日夜、穏やかな瀬戸内海を進む「いろは丸」の姿があった。文久2(1862)年に英国で建造された3本マストの蒸気船で45馬力、160トン。

 島や遠くに見える沿岸にわずかばかりの明かりは確認できるが、「漆黒」の2文字にふさわしい暗闇に包まれた海。そして蒸気船の動力の音、波の音しか聞こえない。

 ところが午後11時ごろ、現在の岡山県笠岡市の笠岡諸島・六島の沖にさしかかったところで、船上の乗組員が、別の動力音とともに右前方から向かってくる大きな船の影を目撃した。

 目をこらすと、おぼろげに船の形は見えた。操だ室からも右舷灯が見え、続いてこちらに向かってきていた。相手の船の波を切る音も大きくなってきた。

 しばらくして、いろは丸が何隻も入りそうな巨大な姿が現れた。「船じゃあ!」。「取り舵いっぱーい!」。大声で叫ぶ龍馬。すぐに操だ手は舵を左に切った。

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