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【村田雅裕のスポーツ曲論】高校野球=「連帯責任」を考える…問題の本質を隠し、背景解明を封じてしまう“怖さ”

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【村田雅裕のスポーツ曲論】
高校野球=「連帯責任」を考える…問題の本質を隠し、背景解明を封じてしまう“怖さ”

 高校野球の季節になった。元巨人投手の江川卓氏が雑誌の対談で、プロ野球が開催される甲子園球場と、高校野球が開催される甲子園球場は違うものだ-と話していたのを記憶している。

高校球児は現代社会の清涼剤ではない

 「高校野球の期間だけ、甲子園に野球の神様が降りてくる」

 8月中旬、多くの人が先祖に思いをはせる。その思いと、ひたむきな甲子園球児たちの姿は重ねられる。高校野球が「純潔な日本文化を体現したもの」との思いも生まれる。江川氏は自身の甲子園での経験を踏まえ、甲子園での高校野球の中に祭祀(さいし)的な部分があることを指摘しているが、私は意見を異にする。

 例えば連帯責任。不祥事が明らかになり、今夏も甲子園の地方大会出場を辞退した学校があった。不祥事を起こした選手だけではなく、チーム全員が責任を負う。その姿を「潔し」と感じているのではなかろうか。だが、高校球児は現代社会の清涼剤ではない。

 日本高等学校野球連盟は連帯責任について“解釈改憲”を行っている。野球部以外の生徒の不祥事で、甲子園出場の可否が問われることは、今はなくなった。

 転機のひとつとなったのは2008年6月、龍谷大平安の2年生部員5人による部内暴力が発覚したことだった。しかし、関与しなかった3年生は、甲子園出場をかけた京都大会への出場が認められた。

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