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【片岡篤史の転身(下)】激しいヤジ、批判報道…打てなくても書かれる一流選手の「我慢料」が今の指導に生きる

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【片岡篤史の転身(下)】
激しいヤジ、批判報道…打てなくても書かれる一流選手の「我慢料」が今の指導に生きる

 18年に現役引退後、平成22(2010)年からは3年間、阪神1軍打撃コーチを務めた。指導1年目のシーズンは、球団史上最高のチーム打率・289を記録。だが、チームが5位と低迷した昨年、自ら成績不振の責任を取って辞任した。

 「結果で評価されるのがプロの世界。謙虚に受け止める。けれども、自分が残した足あとに誇りと、意地もある」。片岡の野球人としての信念や、その指導方針の軸がぶれることはない。

 阪神でも1、2軍を行ったりきたりの若手には、普段の言動にも目を向け、叱咤激励した。長髪や茶髪にしてきた選手には「髪、伸ばして格好つけたりしている選手がレギュラーにいるか?」と気持ちの乱れを指摘し、襟を正すよう促した。厳しくも優しい「よき兄貴分」のスタンスは、新たに取り組む学生相手の指導でも期待されている。

 プロ野球のシーズン中は自宅を離れることも多かった昨年までに比べ、今年は長男の大空(だいすけ)(10)、次男の吉平(きっぺい)(8)とも向き合う時間が増えた。「見ていて『もうちょっとシャキッとせいよ』と思うこともある」と苦笑いした顔に、家族思いの一面をのぞかせる片岡。野球の指導者として、父親として、人を教え、育てていく道のりは続いていく。

(上阪正人)

(文中敬称略)

 【プロフィル】片岡篤史(かたおか・あつし) 昭和44(1969)年6月、京都府久御山町生まれ。PL学園高3年時に甲子園で春・夏連覇を経験。同志社大から平成3(1991)年ドラフト2位で日本ハムファイターズに入団。13(2001)年オフにFA宣言して阪神タイガースに移籍。15、17年のリーグ優勝に貢献し、18年に現役引退。22年より3年間、阪神の1軍打撃コーチを務め、今年2月、芦屋大学客員教授に就任した。

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