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【エベレストに取り憑かれた男】(4)8000メートル大滑降から奇跡の生還

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【エベレストに取り憑かれた男】
(4)8000メートル大滑降から奇跡の生還

 1970(昭和45)年5月6日午後1時7分。三浦雄一郎(80)はエベレスト・サウスコル(約8000メートル)からスキー滑降のスタートを切った。

 直後、「生きて帰れないかもしれない」と感じた。氷の壁は陶器のように硬くてエッジは全く効かず、食い込んだ落石が混じり波打っている。パラシュートは開いたが、渦巻く風に引き込まれ転倒。スタートから1分40秒だった。

 右足のスキーが外れ、「これで俺も終わりか」との思いが脳裏をかすめた。ぶつかるとまずいと思っていた大岩でぽーんと跳ね上がり、斜面に衝突して時間が止まった。しんと静まりかえった世界はこの世かあの世か判然とせず、確かめようと腕で雪をたたき、頭を何度も氷にぶつけた。

 生きている。もう一度、人間世界で三浦雄一郎をやるのか…と不思議な気持ちが胸の内を満たした。見回すと、外れたスキー板が胸の内側に入って体を止め、わずか先に大きなクレバス(氷の裂け目)があった。

 仲間に向けストックを大きく振った。駆けつけた仲間に抱きつかれ、涙がこぼれた。世界最高地点からの大滑降。2分20秒の挑戦が終わった。

   × × ×

 エベレスト大滑降から生還した三浦だったが、日本では5日後に日本人初登頂を果たした植村直己らが「英雄」で、三浦の挑戦は「無謀」とされた。それでも、テレビ出演や講演の依頼は殺到。カナダの映画関係者が記録映像を買い取り編集した作品は後に米アカデミー賞を受賞する。

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