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【河内幻視行】「旧杉山家住宅」ナゾの女流歌人育む

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【河内幻視行】
「旧杉山家住宅」ナゾの女流歌人育む

 だが「小板橋」のなかに、「君が名も夢も捨てむ」とあるように、孝子にはひそかに想いを抱いていた男性がいた。「明星」などに発表した作品も、その多くがこの男性にたいする恋歌であった。

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 露子の初恋の人は18歳のとき、初めて上京したさい、知り合った東京高等商業学校(現・一橋大)に在学していた長田正平とされる。写真を見ると、二重瞼のなかなかのハンサムボーイである。

 だがふたりの恋は、みのることはなかった。正平は旧家の長男のうえ、家庭の事情が複雑だったため、当時の婚姻制度では結婚は不可能であった。

 やがて単身、カナダにわたり、以降、いちども帰国しなかった。独身を通し、51歳で客死した。その病室からは、露子の少女時代の写真が一葉だけ見つかったという。以上は松本和男の『評伝 石上露子』によったが、異説もあるらしい。

 孝子にも不幸が続いた。夫との相性がよほど悪かったのか、それとも正平への思慕が強かったためか、結婚生活はうまくいかなかった。49歳で別居したが、いっしょに暮らしていた長男はまもなく病死した。

 頼りにしていた次男も戦後、ピストル自殺をはかった。寺内町の実家に、年老いた女中とともにもどってきたのは64歳のときだった。夫はすでに死に、家もすっかりさびれていた。

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