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【河内幻視行】「旧杉山家住宅」ナゾの女流歌人育む

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【河内幻視行】
「旧杉山家住宅」ナゾの女流歌人育む

 今はとて思ひ痛みて

 君が名も夢も捨てむと

 なげきつつ夕わたれば、

 あゝうばら、あともとどめず、

 小板橋ひとりゆらめく。

 与謝野鉄幹と妻、晶子が発刊した短歌誌「明星」の明治40年12月号に掲載された短詩「小板橋」である。筆者名は「ゆふちどり」だが、露子の作品である。

 露子が「明星」を中心とした東京の雑誌に、短歌や掌編小説の発表をはじめたのは、19歳のときであった。だが短歌の会などの出席は親たちに厳禁されていたため、当時の歌壇では「ナゾの女流歌人」と呼ばれた。

 「小板橋」は、杉山邸から歩いて10分ほどの石川が舞台である。もちろん小板橋という固有名を持つ橋はなく、支流に架けられた板だけの橋があったのであろう。

 「恋」をテーマにした切なく、哀しみに満ちた作品である。大正8(1919)年、生田春月編のアンソロジー『日本近代名詩選』に掲載され、のちに詩人や作家となる伊藤整や中野重治らのこころを激しく揺さぶった。

 巻末の詩人案内には「石上露子 もと新詩社の同人たりし事の外知るところなきも『小板橋』一篇は絶唱なれば特に収む」と書かれていた。生死も不明とされ、「夭逝詩人」として紹介されたこともあった。

 もちろん生きていた。「小板橋」の発表の直後に、親のすすめで、婿養子をむかえたが、夫が文学活動を厳しく禁じたため、筆を折ったのである。2人の男の子も生まれた。

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