【有川ひろのエンタメあれこれ】 2019年の抱負「ご縁を大事に」 ペンネーム変えます - 産経ニュース

【有川ひろのエンタメあれこれ】 2019年の抱負「ご縁を大事に」 ペンネーム変えます

イラスト・ほしのゆみ
 2019年最初のコラムは、抱負をいくつか書きたい。
 去年、いろんなご縁を大事にしようとがんばって動いていたのだが、そんな中ふるさとの幼なじみと楽しくお茶をのむ機会を得た。幼なじみが聞かせてくれた息子さん(仮に陽ちゃんとする)のお話をまずしよう。私が赤ちゃんのとき会った陽ちゃんは、もうすぐ中学生だが、とてもいい子に育っているらしい。
 陽ちゃんは弱虫を直すために空手を習っているのだが(幼なじみは陽ちゃんの泣き虫が心配らしい)、空手の先生にこう言われたそうだ。
 「陽ちゃん。どこで空手をやるかじゃない。どう空手をやるかが大事なんだぞ」
 そして私は陽ちゃんが初めて一回戦を勝った空手の試合の動画を見せてもらった。三本勝負。幼なじみが必死で「そこだ」「いけ」「がんばれ」などと応援しながら携帯カメラで撮っている。幼なじみは、陽ちゃんが勝てるときに遠慮して引いてしまうのがもどかしい。
 陽ちゃんは、防戦一方だった。相手のいかにも空手が強そうな小柄な男の子に一方的にやられている。でも、有効打はもらっていない。私の目には、頑張っているけど逃げ腰だし負けちゃいそうだな、と見えた。
 二本目、一方的だった相手の子がバテはじめ、動きが乱れた。陽ちゃんは一本目と同じように、静かに淡々と防ぎ、ポイントを稼いでいる。陽ちゃんは体力を残している。
 三本目、陽ちゃんは自分の取ったポイントを守って最後まで防ぎ、判定で勝った。静かに勝った。最初は静かに逃げ回っているだけに見えたのに! 相手の子は悔しくて泣いている。
 弱虫を心配して空手を始めさせた幼なじみだが、何も心配することなどない。陽ちゃんはこれから試合に一度も勝てなくても、もう弱虫ではない。
 守って静かに勝つのは一番難しいのに、その強さをもう手に入れたのだから。
 大切なものを守るためには、どうしても戦わなくてはならないときがある。たとえ相手が泣いてもだ。そして、勝つためには、自分の痛みをこらえる強さが必要だ。
 陽ちゃんは、弱虫だったのではなく、優しかったのだ。だから、相手を責められなくていつも泣いていたのだ。でも、これからは、どうしても戦わなくてはならないときは、静かに戦い、静かに勝って、理不尽な世の中でそのときどきの大切なものを守るだろう。
 そんな陽ちゃんは、最近、「おかあさんのともだちのひろちゃん」が「有川浩」だと知り、大混乱らしい。「有川浩って、あの映画とかドラマになってる有川浩?」「浩って男のひとじゃないの?」「ひろちゃんってどんなひと?」どうしても有川浩とひろちゃんがつながらないようだ。でも、私の正体を「おかあさんのともだち!」とべらべら喋(しゃべ)ったりはしない。
 幼なじみのしつけがすばらしいのだろう。幼なじみは「講演してくれるように頼んでくれよ」と何度も言ってくる同窓生などを、「わたしはひろちゃんのマネージャーやないからそういう話は伝えられん」とずっと静かに押し戻し、わたしをわずらわしさから守ってくれている。いやいや、この母と息子はそっくりだ。そっくりの粘り強い静かな強さを持っている。
 有川浩とひろちゃんがむすびつかない陽ちゃんは、控えめに私にお願いをしてくるようになった。
 「有川浩さんがねえ、つまりお母さんのおともだちのひろちゃんがねえ、ぼくを主人公にして空手の本を書いてくれたらいいな」
 何てつつましい願いだろう。
 陽ちゃん、私は陽ちゃんの本は書いてあげられないけど、陽ちゃんのお話は書いてあげたい。だから、今年の抱負として、短いけど、この文章を書いたよ。
 有川浩がひろちゃんということに驚いている君は、喜んでくれるかな?
 私は、この文章の中に、私の大事なものをたくさん詰め込んでいます。
 君の驚きは、むかし新井素子さんを初めて読んで、「お話を書くというお仕事があるんだ!」と驚いた私に似ています。お話を書く遊びが、はじめて職業として意識された、君と同じ年頃の私に。
 ご縁を大事にするようにがんばったら、むかしの私と似ている君に会えた。
 だから、このお話を私の今年の抱負にします。
 すべては無理だが、できるだけご縁を大事にできるようにがんばろう。
 ご縁を大事にすることでしか、夢を手に入れることはできない。頭では分かっていたのに、私は何てたくさんのご縁を粗末にしてきたんだろう。
 反省しつつ、私はささやかな夢のために、ご縁をできるだけ大事にすることをがんばろう。陽ちゃんの先生の言葉が、私にも今、勇気の音のようにりんりんと響いている。
 「どこで小説を書くかじゃない。どう小説を書くかだ」
 ありがとう。陽ちゃん、君が教えてくれたことだよ。
 その抱負をくれた君が大混乱しているので、わたしは今年からペンネームを「有川ひろ」にしてみようと思います。
 ペンネームを少しだけ変えるのが、今年の私の抱負のしるしです。
 君がよろこんでくれますように。ありったけの愛をこめて、2019年の抱負とします。