「復興のシンボルに」野迫川と五條 廃校を再活用

紀伊半島豪雨7年・奈良
旧北股小学校の校舎。災害について学ぶ施設として生まれ変わる=奈良県野迫川村

 平成23(2011)年9月の紀伊半島豪雨で甚大な被害を受けた奈良県南部で、廃校となった学校の校舎を再活用する動きが進んでいる。野迫川村では災害について学ぶ施設として改修する計画が持ち上がり、五條市では地域の高齢者と障害者のための施設に様変わりする見通し。地元では「復興のシンボルになれば」と期待する声が高まっている。(山本岳夫)

 7年前、集落が浸水した野迫川村北股(きたまた)地区。北股川上流で山の斜面が岩盤ごと崩れる「深層崩壊」が発生し、大量の倒木が土石流とともに集落を襲った。多数の家屋が全半壊した中、15年度に廃校となっていた旧北股小学校にも土砂が流入。体育館やグラウンドが被害を受けたが、高台に建っていた木造2階建ての校舎は難を逃れた。

 地区の住民約60人は被災後約3年にわたり、仮設住宅での避難生活を強いられた。「避難していたときから、地域に残った北股小学校の校舎をどうにか活用したいという意見が出ていたんです」。当時から区長を務めている中本章さん(66)は明かす。

 校舎の活用方法や改修については、住民の意見を取り入れ、28年度に基本計画がまとめられた。新たな施設は1、2階に各2部屋ある教室の壁を取り払い、それぞれ61畳の広さを確保。災害時の避難所として活用するほか、学生のサークルや合宿、セミナーでの利用を呼びかける考えだ。紀伊半島豪雨からの復旧と復興に向けた歩みを知ってもらおうと、当時の写真や模型を展示するコーナーも設けるという。

 自身も北股の住民で、避難所での生活を経験した角谷喜一郎村長(61)は「みんなで守ってきた北股小学校が生まれ変われば、北股の人たちの気持ちも切り替えられると思う」と話す。中本さんも「災害の発生から復旧、復興に至る過程を学んでほしい。北股の人間として豪雨災害を記憶に残し、後世に伝えていくつもり」と来年度の完成を心待ちにしている。

    ◇

 16年9月に竣工(しゅんこう)した旧五條市立大塔小中学校は、紀伊半島豪雨で11人の死者・行方不明者を出した同市大塔町にある。

 付近で大規模な山腹崩壊が発生したのは、23年9月4日朝のことだった。プールの管理棟が流され、川に面した敷地の一部も崩れた。同校の児童、生徒は被災して以降、近隣の小学校、中学校の校舎を間借り。大塔小中学校の統合校舎はその後、一度も使用されることなく、同校は26年4月に休校、今年3月末で廃校となった。

 五條市はすかさず地元住民と協議し、要望や意見を集約した上で活用方法の検討に着手。高齢化が進む地域のために校舎を役立てようと、高齢者と障害者のための施設として再生する方向で一致した。

 太田好紀市長は「校舎を負の遺産にせず、有効活用したい。高齢者と障害者がコラボし、生きがいを感じられるような施設にしていければ」と話している。