大坂なおみ「大阪で生まれた人の名字はみなオオサカなのヨ」発言、訂正します

虎のソナタ
全米オープンテニスの女子シングルスを初制覇し、感極まる大坂なおみ。右はセリーナ・ウィリアムズ=8日、ニューヨーク(ゲッティ=共同)

 日本時間9日の早朝、テニスの全米オープンを制した大坂なおみ(20)が“大荒れ”の試合のためブーイングも起きた表彰式で、素直な気持ちを吐露した。

 「セリーナと全米の決勝で戦うのは、ずっと私の夢だった。あなたと対戦することができてうれしいです。プレーしてくれてありがとう…」

 そういって若き勝者は日本式のお辞儀をした。

 とたんに会場と世界中のテレビの前の人々の空気が一瞬で一変した。

 それ以上の言葉は必要ない。大坂なおみは心からそう“感謝”したのである。

 それから少したって日本の栃木県小山市で行われた独立リーグ栃木の今季最終戦。観衆6000人…“夢追い人”村田修一内野手(元DeNA、巨人)の現役引退試合だ。まだ…37歳。彼に惜別の言葉を送った巨人阿部慎之助は39歳…。

 まだまだ頑張っている阪神福留孝介は41歳。やがてくる20連戦に満身創痍で『4番』を打つ覚悟の糸井嘉男37歳…。

 切実な災害と、政治の権力争いにあけくれる日本列島はそれでも我々の“故郷”なのだ。この国を愛したい。信じたい。そして誇りを持ちたい…。

 もういちど大坂なおみ選手に戻る。彼女はとてもお茶目で優勝後に「出身地と同じ名字、オオサカなのはなぜ?」と聞かれて「4年前から同じ答えをしているのだけれど…」とニコリとして、こう続けた。「大阪で生まれた人はみんなオオサカなのョ」。

 このジョークはいつも受けるらしい。だが世界中のスポーツファンに訂正しておきたい。「大阪で生まれた人は実はみんなタイガースという名前」なのである…(もちろんウソです!)。

全米オープンテニスの女子シングルスの優勝トロフィーを手にする大坂なおみ(ロイター)
ノックを受ける岩貞祐太=甲子園球場(撮影・松永渉平)

 この日、甲子園は阪神の投手指名練習のみ。メッセンジャー、岩貞、才木、青柳の4人。新里と箭内記者が取材した。鳴尾浜では小野投手が休日返上で汗を流していたと竹村岳の電話だ。

 そうか…小野といえば背番号28。右と左の違いはあるがアノ江夏豊の背番号なのだ。そんなこと今更気がついたのはなぜか? 若虎投手陣の“一進一退”につい引き込まれて「江夏の背中」をうっかり忘れていたのか。それとも今もって「江夏を連想させてくれる剛の者」がでてこないからなのか…。

 51年前の1967年。9月10日の甲子園での伝統のTG戦は、新人江夏豊と2年目の堀内恒夫の「初対決」となった。江夏は「俺の眼中には王貞治しかいない…」というセリフをはいてマウンドに。堀内は顔をひきつらせていた。

巨人00000

  000001=1

阪神00000

  000001=1

 堀内-江夏ともに譲らず延長十一回表、江夏は王にストレートを右翼に43号ソロされてガク然とマウンドに右ひざをつく。堀内は勝利を確信する。十一回裏、2番の池田純一が堀内の速球を同じ右翼にホームラン!

 堀内161球7安打自責1。江夏167球8安打自責1。3時間34分。

 あの夜、試合開始は午後7時3分…新聞には締め切りってものがある。ピヨピヨ記者にはエライ迷惑だったが…とにかくものすごい試合だった。

 村田選手が栃木の地方球場を“花道”として選び「野球人生、悔いはありません…」と涙。テニスの歴史を変えた20歳の大坂なおみ。19歳でそれからのプロ野球史の壮絶な誇りと火花を賭けた江夏と堀内…日時は違うが同じ「9・9」にそれぞれの青春と残像。おーい藤浪晋太郎よ、耐えて耐えて耐えてポジティブ(前向きに)に戦ってくれ!