大正6年創業「瀞ホテル」 歴史の奥深さを次世代へ  

紀伊半島豪雨7年・奈良
食堂・喫茶「瀞ホテル」を営む東達也さん。地上2階からは渓谷の絶景を一望できる=奈良県十津川村

 奈良、三重、和歌山の3県にまたがる国の特別名勝「瀞峡(どろきょう)」で、紀伊半島豪雨により大きな被害を受けた老舗旅館がカフェとして生まれ変わり、観光客らの人気を集めている。大正6年創業の「瀞ホテル」(奈良県十津川村)。ランチやコーヒーを提供するだけでなく、過疎化が進む地域の魅力を発信する催しも開いており、4代目の東(ひがし)達也さん(37)は「歴史の奥深さを次世代につないでいけるような拠点にしていきたい」と力を込める。(藤木祥平)

 エメラルドグリーンに染まった川と渓谷の巨岩、奇岩が織りなす絶景。断崖絶壁にたたずむ瀞ホテルの眼下には、思わず息をのむような大自然が広がる。

 瀞ホテルは地上2階、地下1階の木造建築で、東さんの曾祖父が創業した。当初は筏(いかだ)で木材を運ぶ筏師の宿泊施設としてにぎわったが、ダムの完成で筏師の活躍の場が縮小。昭和初期に瀞峡を含む一帯が吉野熊野国立公園に指定されると、観光旅館へとシフトしていったという。

 長い歴史に終止符を打ったのは平成16年。東さんが大学を卒業したばかりの頃、父で3代目の悦生(えつお)さんが病死。代々受け継がれたホテルは閉館を余儀なくされた。

 「いつかは地元に戻って何かをしたい」。大阪のアパレルメーカーで働きながら、そんな思いを漠然と抱き続けていた東さんに思いがけず転機が訪れる。平成23年9月、紀伊半島豪雨で旅館の下を流れる北山川が増水。本館は浸水を免れたが、炊事場や風呂場などがあった別棟は濁流に押し流された。被害を受けた数日後、十津川村に戻った東さんは、想像をはるかに超える惨状に「やるしかない」と心に決めたという。

 もっとも、営業再開には大がかりな改装を必要としたことから、飲食店としての再出発を決意。1階にあった和室の壁や戸を取り払い、テーブルと椅子を設置するとともに、流された別棟部分には景観を楽しむためのデッキを設けた。25年6月、名称はそのままに新生「瀞ホテル」をオープン。食事をしながら渓谷の壮観な眺めを楽しんでもらおうと、創業100周年を迎えた昨年春には、窓際をカウンター席に改装した。

 生まれ育った故郷の歩みを一から学び直したという東さんは「瀞峡の歴史の深さに驚かされた。世に出ることなく、埋もれているものを違った角度から見てもらいたかった」と話す。店内で木工体験のワークショップを開く一方、戦前の風景写真も展示。かつて村の基幹産業だった林業にも光を当て、瀞峡の知られざる一面を掘り起こした。

 東さんは将来的に、瀞ホテルを宿泊施設として完全復活させることを視野に入れている。

 「幼い頃、父親に連れてきてもらったという年配のお客さまもいる。業態は違っても、今の子供が大きくなったときに思い出してもらえるような場所にしたい」

 未曾有の豪雨災害をきっかけに命を吹き込まれた瀞ホテル。地域に欠かせぬ存在として、今後も歩み続ける。