不思議の国から飛び出すアリス chiaki kohara

正木利和のスポカル
自作を手にポーズをとるchiaki kohara=大阪市浪速区

 ロリコンみたいだと思われるのがしゃくなので、あまり公言はしていないが、「ガーリー」(女子っぽい)な絵を見るのは決して嫌いではない。

 たとえば、昔なら水森亜土(みずもり・あど)のイラスト。まーるい顔にふわふわした金色の髪。ブルーのつぶらな瞳に少し上を向いた鼻…。彼女のつくりだすほんわかしたキャラクターは、なかなかすてきだ。

 小さなころ、亜土ちゃんが透明なボードに鼻歌をうたいながら絵を描くテレビ番組を、よく見ていた記憶がある。

 彼女は、くだんのキャラクターをいつもすらすらと時間内に描き上げた。

 そういえば、筆者も図画工作は好きだったが、あんなにうきうきしながら絵を描いていた記憶はない。

 どちらかといえば、より実体に近づけようときまじめにスケッチし、できあがったものを見ては、自分に失望していた記憶がある。

 だから、楽しそうに絵を描いている亜土ちゃんが、とてもうらやましかった。

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 先日、大阪市北区梅田のDMO ARTS( https://dmoarts.com/ )で「グリモワール」と題したchiaki kohara(チアキ コハラ)の個展(9月6日まで)を見た。

▼DMO ARTS(外部サイト:https://dmoarts.com/ )

 彼女の描く少女もまた、その目はブルーだったり、ブルーグレーだったり、髪の毛も金色だったり、明るいくり色だったりしている。

 女の子たちは、ひらひらフリルのエリがついたワンピースを着て、まるでおとぎの国に遊んでいるようにみえる。

 しかし…。

 1970年代の亜土ちゃんの時代からもう半世紀が過ぎようとしている。

 水森亜土の描く少女像は笑顔で、ときには色っぽく、愛らしく、とても幸せそうに輝いていた。あのころ、高度経済成長期の少女たちには、学校で勉強をして、ちょっと働いて、いずれはお嫁さんになるというレールが、世間一般にはあった。

 ところが、チアキ コハラの描く少女たちは、瞳が白目がちでしかめっつらが多い。おまけに、手足は長くて細く、とても神経質そうだ。

 「小さい女の子がおとなの様子をうかがってるときの目だといわれることもあります」(チアキ コハラ)

 その姿は、従来の軌道が消えた世界に投げ出され、将来に不安を抱く現代の若い女性たちを表現しているのではないか…。

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 「グリモワール」はフランス語で「魔術書」のことだ。「こわい、グロテスクなイメージですが、世界を救い世界を滅ぼすという『救い』と『呪い』の2種類の観点で影響を得たものたちを描こうと思って」

 紫色に染めた髪、幼さの残るルックス。

 今回の展示の趣旨を語る作家はまるで、おとなになった「不思議の国のアリス」を思わせる雰囲気をもっていた。

 本名は小原千明。昭和61(1986)年の七夕に大阪で生まれた。なるほど、千明という名は天の川の星々のイメージだ。

 小学生のころから絵を描いたり粘土細工をすることが好きで、柴島高校では美術を専攻。専門学校を経てイラストレーターとして企業に就職した。

 広告イラストなどを手がけ、平成19(2007)年にユニクロ・クリエイティブアワード草間彌生賞を受賞、同22年にはイラストレーションチョイス宇野亜喜良審査入選を果たしている。

 翌23年にはDMO ARTSのオープニングで初個展を開き、いきなり完売と勢いに乗り、24年にはソニーのアートプロジェクトでグランプリを獲得して銀座のソニービルのアートウォール(縦37・6メートル、横6メートル)に年3回、作品を展開。

 その後も国内や海外でライブペイントをしたり、企業とコラボ商品を製作したりと、キャンバスのなかだけにとどまらない売れっ子になった。

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 「グリモワール」にもどる。

 「写真家の友達に言われたことがあるんです。絵描きは魔法使いだなって。筆とほうきって似てる。それを使っていろんな世界を描き出すからって。そうだ、女子力より魔力が高そうだとも言われました」

 「魔術をポップにカラフルに。わたしを通すと勝手になるんです。まがまがしいがかわいい、に」

 けれども、彼女の絵は、ただかわいいだけにとどまってはいない。

 燭台にすわる二人の女の子を描いた絵。その中央のろうそくの炎は消えつつある。

 《私がとけてなくなる前に…》

 こんな文学的な作品タイトルが切ない。

 さらに、画面に顔を近づけると、描かれた女の子の顔は傷つきデコボコしていることに気づくはずだ。きっとイメージにあわなかったのだろう、カッターで切ったりはったりして描かれた痕跡は、ちょっと心の傷跡にも見える。

 彼女は言った。

 「絵って、とても泥臭くて、葛藤して、悩んで、生々しくて、リアル」

 少女趣味的愛らしさは、ほんとうは、こんな風にもがきながら生まれてきた。

 「そうした絵はいっぱい描いてきました。でも過程が見えない絵はおめかしした状態。だから、これからはもっと見る人の心を揺さぶるようなリアルタイムでのパフォーマンスをやっていきたいと思っています」

 たとえば、会場のお客さんからもらった絵の具で描いたり、持っている紙袋をキャンバスに張り付けたり…。

 「みんなで作り上げる参加型のショー。アートとエンターテインメントの融合をしてみたい」

 住み慣れた不思議の国から、アリスは飛び出そうとしている。

▼chiaki kohara(チアキ コハラ)の個展「グリモワール」@DMO ARTS(9月6日まで、外部サイト:https://dmoarts.com/ )

正木利和

産経新聞文化部編集委員。大阪新聞から産経新聞社会部、運動部、部長を経て現職。運動部歴25年目となった秋、念願かなって美術担当に。好きなものは以下の通り。富岡鉄斎の絵、ジャランスリワヤの靴、よく墨のおりる端渓硯(たんけいけん)、勇敢なボクサー、寡黙な長距離走者、「水曜どうでしょう」について語り合うこと。当コラムは、スポーツの話題にときどきカルチャーを織り交ぜて、「スポカル」。以後、おみしりおきを。

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