【銀幕裏の声】奨励会退会の経験持つ映画監督が描く棋士の世界、藤井七段の存在が後押し - 産経ニュース

【銀幕裏の声】奨励会退会の経験持つ映画監督が描く棋士の世界、藤井七段の存在が後押し

「藤井聡太七段に感謝したい」と話す豊田利晃監督
映画「泣き虫しょったんの奇跡」のワンシーン (C)2018「泣き虫しょったんの奇跡」製作委員会 (C)瀬川晶司/講談社
松田龍平(中央)に対局場面の演出をする豊田利晃監督(右) (C)2018「泣き虫しょったんの奇跡」製作委員会 (C)瀬川晶司/講談社
2人の棋士を360度カメラが追うシーンは圧巻だ (C)2018「泣き虫しょったんの奇跡」製作委員会 (C)瀬川晶司/講談社
撮影現場で豊田利晃監督が将棋の駒を持つと、棋士の顔つきに変わる (C)2018「泣き虫しょったんの奇跡」製作委員会 (C)瀬川晶司/講談社
 「構想約8年。当初は今のような将棋ブームはなかったから、映画化は難航しました。でも、藤井聡太七段が登場し、ブームを作ってくれた。彼の力は大きかった」。将棋のプロ棋士の世界を描いた映画「泣き虫しょったんの奇跡」(9月7日からテアトル梅田などで公開)でメガホンを執った豊田利晃監督はこう振り返った。映画は、26歳の年齢制限で一度はプロの道を断念しながら、35歳にしてプロになる夢を叶(かな)えた瀬川晶司五段の実話を描いた。実は豊田監督自身も一度はプロ棋士を目指し、9歳から17歳まで関西奨励会に通った経験を持つ異色の映画監督だった。
 (戸津井康之)
■「もう一度、将棋を…」
 映画の内容はこうだ。小学生の頃から瀬川(松田龍平)はプロ棋士に憧れ、奨励会へ通っていた。だが、プロの条件である4段になるための年齢制限の26歳を超え、その道を閉ざされる。瀬川は会社員として働き始めるが、夢をあきらめきれず脱サラ、再びプロ棋士を目指す。35歳になっていた…。
 豊田監督は昭和44年、大阪府生まれ。プロ棋士を目指し、9歳で関西奨励会に入ったが17歳で退会した。瀬川五段と同様、プロになる夢を断念した将棋青年だった。
 「奨励会を辞めた後は、もう将棋を指そうとも思わなかったし、映画監督になった後も、自分で将棋映画を撮ろうと思ったことはなかった」と豊田監督。
 だが、約8年前、一冊の本が豊田監督の心を動かした。瀬川五段の自伝を読み、映画化を決意。すぐに1稿目の脚本を書き上げた。
 「もう一度、将棋を指したい…。そう思わせてくれた初めての本でした」と豊田監督は言う。「奨励会を辞めたときの思いなど、瀬川五段の心情と重なるところが多かった」ことが、その理由だ。
■同時期にプロ棋士目指す
 将棋の映画を撮るつもりはなかった-と豊田監督は言ったが、「将棋の映画は見たいと思っていた」と明かす。
 29歳で亡くなった村山聖九段の役を演じるため、松山ケンイチが体重を約20キロ増やして役作りした「聖の青春」(平成28年)、神木隆之介主演の「3月のライオン」(前・後編、29年)など、将棋をテーマにした映画が近年、相次いで公開された。
 奨励会出身の豊田監督に、これらの「将棋映画」を見た感想を聞いてみると、見方はやはり独特だった。
 「気になったのは、棋士役の俳優たちの将棋を指す手つき。村山を演じた松山さんの手つきは素晴らしかった」
 実は、村山と一学年上の豊田監督は、ともに関西奨励会で同時期にプロを目指し、切磋琢磨(せっさたくま)していた仲間。また、瀬川五段も豊田監督の1歳下で東京の奨励会に通っていた。同時期にプロ棋士を目指していた仲間なのだ。
■救世主現れブーム一気に
 将棋映画が相次いで公開されるなど、将棋人気がじわじわと世間に浸透していくなか、さらに一人のスーパースターが登場した。28年に14歳でプロとなった中学生棋士の藤井七段だ。次々と強豪棋士を打ち破っていく彼の快進撃で、将棋ブームは一気に広まった。
 「映画化を決意した当初は、どこへ話を持っていっても、『将棋映画を製作したい?』という、否定的でとりつくしまもない反応。だが、藤井七段の活躍で将棋ブームが活発化し、映画化の流れができた。藤井七段の力は本当に大きかった」と豊田監督は言う。
■名乗りを上げた俳優陣
 豊田監督は主演に4作目のタッグとなる盟友、松田を指名した。
 その松田が取材でこう語ったのが印象的だった。「実は、僕はずっと豊田監督に『将棋映画を撮ってください。そのときは必ず僕が出演します』と言い続けてきたんです」と。
 今作への出演が決まり、松田は撮影3カ月前から棋士の指導を受け、駒の指し方などを習得したという。
 「自宅に帰ってからも、いつも駒を手放さず、指し方を練習していました。豊田監督の将棋へのこだわりは強く、期待に何としても応えたかったから」と話した。
 平成14年公開の豊田監督作「青い春」で主演に抜擢(ばってき)されたのは松田が19歳のとき。以来、2人の付き合いは長く、互いの信頼も厚い。
 豊田監督は松田について、「彼が10、20代の頃に3本撮り、35歳になった彼と4本目で、この作品を一緒に撮れたことが本当にうれしい」と語った。
 撮影現場で松田は、瀬川五段からも多くのアドバイスを受けた。
 「実は、瀬川さんは現場にしょっちゅう来てくれていた。演じる役の本人が真横にいてくれるので、俳優としてこんなに心強いことはなかった。そんな現場はこれまで経験したことがないですから」
 松田は「一度は夢をあきらめかけた瀬川五段が、35歳にして再び夢に挑んだ…。いま35歳の私も俳優として心新たに挑む年にしたい」と謙虚に語った。
 松田の他にも、妻夫木聡、藤原竜也、新井浩文ら実力派が棋士役、あるいは端役などで脇を固めている。
■棋士の生き様伝えたい
 豊田監督は「奨励会を辞めたとき、正直、将棋を憎んでいた」という。だが、今作を撮り終え、「奨励会って何? これまで将棋のことを知らない、そんな無反応だった人たちにこの映画を見てほしい。そして、こんな凄(すさ)まじい世界があるのだ、と少しでも理解してもらえたらうれしい」と、どこかほっとしたような表情で話した。
 再チャレンジでプロ棋士の夢をつかんだ瀬川五段と、映画という違う道を選び活躍の場を切り開いた豊田監督。
 「奨励会を辞めて、違う道で成功する人がいる一方、そうでない人がいるのも、また事実。ただ、どんな仕事でも“あきらめない気持ちの大切さ”を、この映画で伝えることができたら…」と期待を込めた。