世界遺産・潜伏キリシタン集落「廃絶痕跡」を航空レーザー調査へ 長崎県など、2020年までに報告書 - 産経ニュース

世界遺産・潜伏キリシタン集落「廃絶痕跡」を航空レーザー調査へ 長崎県など、2020年までに報告書

 世界文化遺産に登録された「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」(長崎県、熊本県)で、長崎県などが、離島や過疎地にある構成資産の航空レーザー測量を9月にも始めることが29日、分かった。空からレーザーを地面に照射し詳細な地形図を作製する手法で、教会跡地や墓地跡など廃絶した痕跡を探り、2020年までに報告書をまとめる。12の構成資産のうち、住人がいなくなった集落跡の荒廃が懸念されているほか、台風による被害なども発生しており、測量結果をもとに構成資産の保全に役立てる。
長崎県佐世保市の離島にある黒島天主堂(重文)
 測量は、長崎県と地元市町が9月以降に行い、昭和半ばに住人がいなくなった五島列島の野崎島(小値賀=おぢか=町)の集落跡や過疎化が進む久賀島(ひさかじま=五島市)や頭ケ島かしらがしま=新上五島町)など6つの集落が対象。航空レーザー測量は、木などに覆われた場所でも地形が把握できるのが特徴で、航空写真とともに人工的に形成された地形から教会や墓地の痕跡の規模や配置を調べる。今年度の事業費は総額約2千万円で、県と地元市町が折半する。
 新たな調査は、6月30日に国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会が登録を決議した際、追加的勧告として五島列島にある集落跡を例に挙げ「廃絶したものの痕跡」について記録資料の作成を求めたことに対応した。
 潜伏キリシタンは、幕府がキリスト教の禁教令を出した慶長19(1614)年以降の禁教期に、信仰と共同体を守るため、多くが開拓移民として人里離れた集落に移住。こうした離島や過疎地の構成資産は潜伏キリシタンの実態を知る上で欠かせない史料だが、潜伏の地となった集落跡が森や山中にあり、これまで実態把握が難しかった。
 さらに、五島列島では今年、構成資産の教会に台風被害があったほか、一般の教会でキリスト像が何者かに壊されたとみられる事案も発生。現状の記録作成が喫緊の課題となっていた。
 政府や長崎県は当初、長崎の教会群の世界遺産登録を目指し、現存する教会を中心に調査研究を進め、政府は平成27年に推薦書を提出した。しかしユネスコの諮問機関から「禁教期に焦点をあてるべきだ」と指摘され、いったん推薦書を取り下げて再検討。29年に提出した新たな推薦書では構成資産を教会だけでなく禁教期に潜伏キリシタンが暮らした集落に広げた。
世界遺産潜伏キリシタン6集落「廃絶」した痕跡
 長崎県の担当者は「世界遺産になったことがゴールではなく、今後とも景観が変わらないよう早期に記録、保存する努力を続けていく」と説明している。
廃村の“旧”教会 離島・過疎地に点在
 6月末に世界文化遺産に登録された「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の長崎県側は離島や過疎地に構成資産が多いのが特徴だ。ただ、今も集落の祈りの場として受け継がれる教会は信徒が寄付金などで維持管理し、過疎地では市民団体や地元自治体が保全に苦心。地元を支える仕組みづくりが求められる。
 長崎・五島列島の北端にある「野崎島の集落跡」(長崎県小値賀町)。海風が吹き抜ける丘の上には明治6(1873)年に明治政府によって禁教が解かれた後、潜伏キリシタン17世帯がキビナゴ漁などで資金を蓄えて建てた旧野首(のくび)教会がたたずむ。高価だったれんがで堅牢に作られた教会建築は残ったが、昭和46年に集落は廃村となり、信徒はいなくなった。
 「台風が来ても離島のため見に行くこともできず、被害がないことをただ祈るしかない」
 こう話すのは、維持管理をしているNPO法人、おぢかアイランドツーリズムの前田敏幸理事長だ。62年に台風の被害を受け損傷したことから保存の機運が高まり、地元の小値賀町がカトリック長崎大司教区から譲り受けた。同年、2度の台風被害でステンドグラスやしっくいの復元に2千万円以上がかかったという。
 世界遺産登録後も保全費用は各自治体頼みに変わりはない。世界遺産に登録された地域は都市部から遠い場所が多く、観光による経済効果は限定的だ。長崎県は企業や個人から寄付を募っているが、信徒の中には地元で守り抜いた教会が観光地化することへの不安もある。
 一方、観光客に保全への協力を求める取り組みも始まった。五島列島にある新上五島町は、頭ケ島集落や29カ所ある教会の保全費用として、任意で1人千円を募る。協力者には五島列島にある教会のスタンプを集める「巡礼手帳」を配布している。
五島列島・野崎島にある旧野首教会。集落の家屋や畑は失われ、石垣だけが残る=長崎県小値賀町
 巡礼手帳を発行したNPO法人、長崎巡礼センターの入口仁志事務局長は「禁教期から解禁後にかけて、集落ごとに信仰のかたちは異なる。できればすべて訪ねて、多様な祈りを感じてほしい」と話す。
 潜伏キリシタンの文化を研究している高祖(こうそ)敏明・上智大特任教授(キリスト教文化史)は「潜伏キリシタンは信仰がわからないよう離島などで暮らしてきた。過疎の集落や人が常駐しない教会もあり、継承が難しくなることを心配している。世界遺産登録を機に、特定の宗教の歴史というだけでなく、地元の生活に根ざした文化として、教会関係者と住民、企業、行政が協働して継承していくべきだ」と話している。
 世界遺産条約は「人類全体のための世界の遺産」を保護、保存することが目的で、登録後も6年ごとのモニタリングの結果、景観が損なわれていれば、登録を抹消されることもある。地元を支える観光の仕組みづくりが急務だ。
 長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 江戸幕府がキリスト教を禁じ、明治政府が禁教を解くまでの2世紀以上にわたり、ひそかにキリスト教の信仰を守り続けた人々を「潜伏キリシタン」と呼ぶ。宣教師不在のなかで、神道や仏教など日本の伝統的宗教や一般社会と関わりながら、信仰を実践するために独自の対象を拝んだり、移住するなど独特な宗教的伝統を物語る12の資産が世界文化遺産に登録された。