【関西の議論】犯罪被害者支援ネット、組織的な成熟が必要 - 産経ニュース

【関西の議論】犯罪被害者支援ネット、組織的な成熟が必要

 犯罪被害者やその家族を支える各地のセンターが加盟する公益社団法人「全国被害者支援ネットワーク」(東京)が設立から20年となった。現在、理事長を務める平井紀夫さん(77)=大津市=は、旅先の中国で事件に巻き込まれた長男を失った。悲しみを乗り越え、今は犯罪被害に苦しむ人たちを支える立場。センターに寄せられる相談件数は増えているが、支える側の人材の裾野が広がらないなどの問題を抱える。20年の節目を迎えた犯罪被害者支援の実情を聞いた。(小川恵理子)
長男の突然の死
 「20年でようやくここまできたか…という思いです」。平成24年からネットワークの理事長を務める平井さんは穏やかな表情で語る。各地で講演し、被害者支援への理解を訴える日々を送るが、ここに至るまでの道のりは平坦ではなかった。
 16年前の8年9月8日夕、自宅の電話が鳴った。「息子さんが亡くなった。明日(現地に)来てほしい」。北京の日本大使館員を名乗る相手からの突然の宣告に、その場に座り込んだ。
被害者支援に関わる担当者たちが集まった会議で話す平井紀夫さん=6月、京都市上京区
 北京を旅行中だった大学生の長男、明夫さん=当時(23)=は、宿泊先のホテルで現金を奪われ、殺害された。容疑者の男女はすぐに逮捕されたが、平井さんは「私が反対していたら北京には行ってなかっただろう」と自分を責め続けた。
 当時の行動を記したメモや新聞記事のスクラップを整理できたのは、大手電子機器メーカー副社長を退任した後の平成18年ごろ。事件からすでに10年が経っていた。
 きっかけは、旧知の家庭裁判所調査官から講演依頼を受けたことだった。時間的な余裕が生まれたこともあり、「家族としても10年という区切り。きちんと伝えていかないといけないと思った」と振り返る。
 事件直後は犯罪被害者支援の枠組みがなく、家族だけで苦しみ、悲しい記憶を心の中に封印していた。「誰もが自分を見ているようで、一歩でも外に出るのに勇気がいった」。だからこそ、被害者支援の重要性を身をもって感じてきた。
 被害者支援を続けることで「常に息子と生きている」と強く感じるという平井さん。「被害者や遺族は、事件の後も生きて、前に進んでいかなければならない。立ち上がるためには支援が必要だ」と訴える。
具体的な支援
 国内で犯罪被害者のサポート体制が具体化されたのは、平成4年、東京医科歯科大学に全国初の民間の被害者支援組織となる「犯罪被害者相談室」が開設されたことにさかのぼる。
 その後、茨城や大阪、京都などで被害者支援に携わる民間団体が相次いで誕生。個々に活動していた各団体が集まり10年、横断的に継続する支援を目指した全国被害者支援ネットワークが生まれた。
 現在ネットワークには、47都道府県の48センターが加盟する。大半のセンターが、事件発生直後から中長期的なサポートができるよう、被害者の同意を得て警察から被害者の情報を提供される「早期援助団体」に指定されている。
 センターには、1年間程度にわたり支援のあり方を学んだボランティアや臨床心理士などの「犯罪被害者直接支援員」のほか、さらに専門性を高めた「犯罪被害相談員」がいる。「事件のことをよく思い出せない」、「自分が自分ではないような気がする」という犯罪被害に悩む人たちの声に耳を傾け、相談に乗る。
 また、支援員や相談員が必要と判断すれば、警察の捜査や裁判手続きなどで直接寄り添う支援を行う。
 例えば、支援員は裁判の傍聴席に遺族とともに座り、遺族の様子を見ながら、肩に手を置いたり背中をさすったりして緊張をほぐしたりする。ほかにも、裁判の記録や、報道陣との接触を避けたい遺族のサポートも行う。いずれの支援も無償だ。
見えてきた課題
 被害者や家族から各センターへ寄せられる相談件数は年々増加している。29年度は、統計を取り始めた20年(1万1203人)の3倍を超える計3万5565件にのぼり、役割はますます重要になっている。
 その半面、全国に約690人いる相談員の約半数は60歳以上で、若い世代の人材確保が喫緊の課題になっている。相談員となるには、支援員として約3年以上の実務経験とネットワークが実施する研修の修了が必要。しかし一部の職員を除きボランティアで運営している団体も多いため、新たな人材を雇用する資金に乏しい。
 刑事裁判への被害者参加や殺人事件の控訴時効の撤廃などに貢献した全国犯罪被害者の会(あすの会)は今年6月、当初の目的を達成したことや会員の高齢化を理由に解散している。
 ネットワークの担当者も「支援員は各センターが募集しているが、若い世代が集まりにくくなっている」と話す。それでも被害者の声に応えることができる環境整備は必要で、別の関係者は「自己満足では決してできない。被害者や家族をどれだけ尊重でき、彼らが前に進むための伴走者となれるかだ」と、継続していかなくてはならない理由を話した。
金銭的な補償にも課題
 1960年代から、犯罪被害者支援という考え方が一般的になっていた欧米と異なり、日本では長年、被害者とその家族は社会復帰に必要な精神的支援や金銭的補償を受けられなかった。「欧米諸国に比べ20年遅れている」とも言われるゆえんだ。
 金銭的な補償については、8人が死亡、370人以上が負傷した三菱重工ビル爆破事件を機に、犯罪被害者等給付金支給法が昭和55年に成立した。平成20年には一部改正され、被害者や遺族への給付金が引き上げられたが、加害者からの賠償があれば支給されないという問題点などが指摘されている。
 平井さんは「この20年で日本の犯罪被害者の支援は大きく進んだが、まだまだ。組織的に成熟させていくことが必要だ」と述べた上で、「被害者や国民からのさらなる期待に応えるため、ネットワークとしてさらに自覚を持って取り組みたい」と話した。