兵庫県で初代知事の伊藤博文像の再建が進まぬ理由 背景に歴史問題も

関西の議論

 今年で県政150周年を迎えた兵庫県で、明治の元勲の一人で初代県知事(官選)でもあった伊藤博文(1841~1909年)の銅像の再建をめぐって物議を醸している。かつては神戸市内に銅像があり、いまも台座が残るため立地に課題はない。さらに県は150周年の節目として、多くの記念事業の予算を計上し、費用面でも問題はない。銅像再建をめぐっては県議会でも取り上げられるが、県側は静観の構え。なぜなのか。その背景に歴史認識をめぐる、ある国と日本の関係があった。(岡本祐大)

 ■前向きでない知事答弁

 今年6月の兵庫県議会本会議で伊藤博文像に関するやり取りが繰り広げられた。質問に立った高橋充広県議(維新の会)は「県政150周年を迎え、神戸市に初代県庁が復元される。これに合わせて伊藤博文の銅像を再建してはどうか」と提案した。

 しかし、井戸敏三知事は「どこに、どのような銅像を建てるかは、地域の提案や具体的な動きがあることが前提になる」と答弁。再建を否定しなかったものの積極的でもなかった。

神戸市が整備した大倉山公園に残る伊藤博文像の台座=同市中央区

 高橋県議によると、彫刻家に試算を依頼したところ、「銅製の全身像だと台座も含めて800万~1千万円で制作可能」との回答だった。今年1月の県と議会の会合で、県は「神戸市と協議したい」と前向きだったという。高橋県議は「巨額の費用がかかるわけでもなく、設置場所の問題もない。観光スポットを作るいい機会だと思うのだが」と首をひねる。

 市民からも再建を望む声が上がる。県知事時代に伊藤が自宅を構えた神戸市中央区の花隈(はなくま)自治会長、浜野勲さんは「伊藤公を顕彰するためにぜひ建ててほしい。地域活性化にもつながるはず」と語る。しかし、県に再建を持ちかけた昨秋以降、色よい返事はもらえていないという。

 ■かつては2体の銅像

 銅像再建の待望論が上がるのは、神戸市でかつて市民らによって2体の伊藤博文の銅像が建てられたことがあるからだ。

 1体目は南北朝時代の武将、楠木正成をまつる湊川神社(同市中央区)に存在した。明治37年、伊藤が神社に燈籠(とうろう)を寄進したことなどをたたえて、市民らが本殿横に設置。除幕式には当時の知事も参列したという。

 しかし翌年、日露戦争後に結ばれたポーツマス条約に不満を持った群衆が暴徒化。伊藤が条約に関わっていたことから銅像は倒され、市中を引き回された。

 もう1体は現在、神戸市が管理する大倉山公園(同区)内にあった。市所有の文書「故伊藤公爵銅像建設顛末(てんまつ)」などによると、この地に別荘を構えた大倉財閥の祖、大倉喜八郎が親交のあった伊藤の死を惜しんで銅像設置などを条件に所有地を市に寄付。市民らも寄付を集め、明治44年にフロックコート姿で大日本帝国憲法草案を左手に持つ高さ約3メートルの銅像が建てられた。

大倉山公園に建てられていた伊藤博文像と台座(神戸市提供)

 ただ、高台から神戸の街を見守ってきた2代目も戦時下の金属類回収令によって供出された。銅像が姿を消した後は台座のみが同公園内にそのまま残っている。

 ■再建の動きあるも…

 長い年月とともに多くの市民から忘れられた銅像だが、再建への環境整備が進んでいる。神戸市は県政150周年を迎えた7月12日に合わせて、大倉山公園の台座を整備。台座につながる小道をつくり、写真入りの説明板やフェンスを新調した。

 伊藤が県政を執り行った初代県庁の庁舎も復元計画が進む。県は復元場所として、かつて初代県庁舎があった同市兵庫区を想定して設計作業を行っており、早ければ来年度にも着工する見通し。敷地内には県の歴史や偉人を紹介する県政資料館も建設する。

 しかし、銅像再建の取り組みへの反応は今ひとつだ。県地域遺産課は「地元の民意があれば検討するが」と井戸知事同様、すっきりしない。大倉山公園を管理する神戸市公園部整備課も「具体的な動きは何もない」と否定する。

 県政150周年にあたる今年は地域振興などを名目に多くの事業費が計上されており、予算面でのハードルは決して高くない。用地取得についても県や神戸市が管理する土地であれば大きな問題もない。

 ■背景にあるのは

 銅像再建の取り組みが進まないのはなぜか。県幹部らの対応から浮かび上がってきたのは、歴史問題をめぐる懸念だった。

 伊藤博文は明治38年、日本が韓国統監府を設置すると、初代統監に就任。統治政策に関わったが、韓国併合前の42年、独立運動家の安重根に暗殺された。死刑になった安をめぐって、サッカーの日韓戦で肖像画が掲げられるなど韓国では英雄視する動きもある。

 初代知事の功績をたたえるためとはいえ、自治体が再建を進めることによって伊藤博文像が歴史問題と関連づけられるのではないか。県などが公費で銅像を造ることで、トラブルに巻き込まれるなどの懸念が県庁内に広がっているのだ。

 ■米では慰安婦像問題も勃発

 伊藤博文像をめぐる構図は、立場は違うが、慰安婦を「性奴隷」と記した碑文や像を公共物化した米カリフォルニア州サンフランシスコ市との姉妹都提携の解消を決めた大阪市をめぐる一連の問題に似ている。

 この問題は、在米中国系民間団体の働きかけで、サンフランシスコ市に慰安婦を「性奴隷」と記した碑文や像が昨年9月に設置され、同市が寄贈を受け入れたことに始まる。姉妹都市の大阪市は再三にわたり懸念を伝えてきたが、公共物化によって「信頼関係は消滅した」として昨年12月13日に解消を決定した。ただ、当時のサンフランシスコ市長が急死。今年7月に新市長が就任し、両市の対応が注目される。

 兵庫県幹部の一人は「もし県や神戸市が建てるとなれば、韓国から何を言われるか分からない」と漏らす。別の幹部も「県内には(在日韓国人など)いろんな人がいる。できることは市民からの提案を受けて、設置場所の提供を検討することくらい」と話す。

 これに対し、花隈自治会の浜野さんは、行政の動きが鈍いままであれば資金を募るなどして民間の力で再建を検討するという。「きれいになった台座を活用できれば一番だが、場所はどこになっても後世に歴史を伝えるために銅像再建を実現したい」と訴える。今後については「他の自治会や有識者を巻き込んでもっと機運を高める」と意気込んでいる。