【時刻表は読み物です】豪雨被害の「秘境駅」備後落合 かつては100人が働く鉄路の要衝 - 産経ニュース

【時刻表は読み物です】豪雨被害の「秘境駅」備後落合 かつては100人が働く鉄路の要衝

西日本豪雨被害で1カ月にわたって列車が来なかった備後落合駅。誰もいない構内はひっそりとしていた
備後落合駅の駅舎。周囲には民家などが数軒あるだけだ
ひっそりし静まりかえる備後落合駅。列車が来ず、さびたレールが痛々しい
 7月の西日本豪雨では鉄道への被害が広範囲で発生した。徐々に復旧はしているものの、大動脈の山陽線をはじめ不通区間は残っている。広島県北東部の中国山地にあり、JR西日本の芸備線と木次(きすき)線が接続する備後落合駅(同県庄原市)は、8月8日に木次線が復旧したが、それまでの約1カ月、列車が来ない駅だった。本数の少なさから「秘境駅」としてファンの人気が高い山あいの駅を訪れてみると、レールはさび、土嚢(どのう)が積まれた構内は、ひっそりと静まりかえっていた。
 木次線の列車は来るようになったが、芸備線は不通のまま。同線の列車が発着していた2、3番線のホームから見るレールは赤くさび、雑草が生えている状態で、1カ月以上の「空白」を感じさせた。
 土嚢が積まれたり、斜面にブルーシートがかけられたりした側の線路は、土砂が流れ込んだのか、石(バラスト)がなくなり、枕木などは乾いてひび割れた土に覆われていた。
 芸備線の新見方面をよく見ると、復旧作業が行われていた。こちらの復旧予定は9月中だが、芸備線の三次方面は来年の1~3月中。完全復旧にはまだまだ時間がかかる。
 駅舎内には「自由書旅つづり」というノートがあった。駅を心配して全国から駆けつけたファンが書き込めるようになっており、一日も早い復旧を願う一方、もう廃線かもしれないと悲嘆する声もあった。
 通常ダイヤで、備後落合を発車する列車は木次線は3本、芸備線下り(三次方面)は5本、同上り(新見方面)は3本と少ない。JR西日本が公表している平成28年度の平均通過人員(1日1キロメートルあたりの乗客の人数)で、備後落合駅と芸備線新見方面の東城駅の間は何と9人。これは全国でも最低レベルで、今春廃線となった三江線が83人だったことを考えれば、状況はかなり厳しい。
 「国鉄監修 交通公社の時刻表」の昭和52年10月号を開いてみよう。備後落合のかつてのにぎわいが分かる。広島と松江、米子を結ぶ急行「ちどり」が夜行を含めて3往復。ほかにも「たいしゃく」「やまのゆ」といった急行が設定されていた。最盛期には100人以上の職員が働き、構内には転車台、機関庫などもあり、鉄道の要衝にふさわしい規模だった。夜行の「ちどり」が備後落合に到着するのは上下とも午前2時台。未明の山あいにディーゼルカーのエンジン音が鳴り響いていたのだ。
 ホームでは立ち食いうどんのほか、駅弁も売られた。時刻表にも弁当を売っている駅を示すマークがついていた。30年以上前に備後落合を列車で通った際、駅弁を買ったが、値段は確か300円。おかずは玉子焼きや漬け物など、ごくシンプルだったと思う。
 ただ、過疎化や道路網の整備などでローカル線やその駅が衰退していくのはどこも同じ。列車の本数は合理化で削減が続き、急行は全廃。ついに平成9年、無人駅となった。ホームにあった売店は待合室になっている。
 かつては長い編成の急行が停車したホームに、現在やってくるのは1両編成のディーゼルカー。その本数もわずかで、さびれた姿ではあるが、列車がやってきてこそ、命を宿すのが駅。木次線に続き、芸備線も復旧を果たし、備後落合が元の姿になるのを祈るばかりだ。(鮫島敬三)
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 備後落合駅は昭和10年12月に開設された。JR西日本の芸備線、木次線が乗り入れ、岡山、広島、米子各支社の境界となっている。4~11月の週末、夏休みなどには木次線の木次駅との間でトロッコ列車「奥出雲おろち号」が運行され、同線にある3段式スイッチバックが楽しめる。「おろち号」は8月8日から運行を再開している。