【関西の力】ハイテク素材(2)B787機の半分は東レの炭素繊維 米国抜いた大阪の技術 - 産経ニュース

【関西の力】ハイテク素材(2)B787機の半分は東レの炭素繊維 米国抜いた大阪の技術

 2003年、米ワシントン州シアトル。東レ現地法人の大西盛行社長(当時)あてに1本の電話がかかってきた。相手は米航空機大手、ボーイングで中型機部門の責任者を務めるウォルター・ジュレット氏だった。
機体の半分に東レの炭素繊維を採用したボーイングの中型機「B787」
世界の空を変えた「驚異の低燃費」
 「次の中型機では炭素繊維を機体の半分に使用したい」。ジュレット氏の求めに大西社長は「イエス」と即答した。機体の軽量化で驚異的な低燃費を実現した「B787」の設計プランが固まった瞬間だった。
 大西社長は、電話を切った後も興奮を抑えられなかった。機体の半分となると主翼や胴体部分など、それまで金属を使用していた重要な部材も含まれるからだ。「いよいよ炭素繊維が航空機製造の主役になる」
 同機は09年に初飛行。11年以降、航空各社が相次いで導入し「世界の空を変えた」とされる。
▼【関西の力】ハイテク素材(1)炭素繊維は京の竹が起源
次世代機でも
 東レとボーイングの関係は、小型機「B737」の内装材に炭素繊維が使用された1975年にさかのぼる。その後、中型機「B767」では翼の部品で機体の上昇・下降を制御する「フラップ」やエンジンカバーに使用された。それでも機体の3%程度だった。
 80年代までの炭素繊維製品は衝撃に対する強度に問題があり、主翼や胴体部分などには使用できないとされていた。しかし、東レは繊維の層の間に衝撃を吸収する粒子を入れることで強度を高めることに成功。
 95年に運航を始めたボーイングの大型機「B777」では尾翼や床下材などに採用された。そして「B787」で、ついに主役の座を射止めた。
 東レのボーイング向け供給総額は1兆3千億円を超える。ボーイングはさらに、2020年の運航開始を目指す次世代大型機「B777X」でも主翼などに東レの炭素繊維を使用する予定だ。
東レの炭素繊維が採用されたボーイングの中型機「B787」の主翼=名古屋市の三菱重工大江工場
工業化への道
 現在、炭素繊維の世界市場では、東レと帝人、三菱レイヨンの日系3社がシェア7割超を握る。だが開発の初期、先頭を走っていたのは米国だった。
 1958年、米化学メーカー、ユニオンカーバイドの子会社が、木材パルプを主原料とするレーヨン(人造絹糸)を高熱で加工し炭素繊維を生産することに成功。国を挙げて宇宙開発に取り組む中、軽量で過酷な環境に耐えられる素材として注目された。
 その米国を、大阪工業技術試験所(現産業技術総合研究所)の進藤昭男博士(1926~2016年)が一気に追い上げた。レーヨンよりも合成繊維のアクリルで作った炭素繊維の方が優れていることを明らかにし、1961年に製造原理を発表。工業化への道を開いたのだ。
 バトンを引き継いだのが東レ。71年に創業の地、滋賀県の製造拠点で初めてアクリルを使った炭素繊維の本格生産にこぎ着けた。繊維産業が朝鮮戦争特需の反動による不況を経て、合成繊維へと軸足を移す時代だった。
日本のものづくり代表する素材
 「アクリルは自社製品としてすでにあったので開発がしやすかった」と東レの炭素繊維生産を担当する近藤敏行取締役は指摘する。「進藤博士の原理がなければ、現在の炭素繊維は存在しえない」
炭素繊維開発と航空機採用の歴史
 炭素繊維は、鉄と比べて重さが4分の1だが強度は10倍という特性から、今や航空機、ロケット、人工衛星から、自動車、スポーツ用品まで幅広い分野で使われている。まさに日本のもの作りの力を代表する素材に育った。
(平成28年12月13日夕刊1面掲載 年齢や肩書き、呼称は当時)
 伝統、文化、医学、農業、エンターテインメント、スポーツ…。関西には世界に誇れる魅力あるコンテンツがあふれている。現状の停滞を打破し、突破できる「力」とは何か。この連載では、さまざまなジャンル、切り口で「関西の力」を探る。