伊賀鉄道(下)/たれその森はどんな森

鉄道アルバム・列車のある風景
(1)平安歌人らも愛した垂園森(左奥)をバックに電車が走る=三重県伊賀市の市部駅

 どんよりした空の下、伊賀鉄道市部(いちべ)駅のホームに立つと、田園のただ中にこんもりとした森が見えた。「あれか」と思い定め、電車の入線時間を待つ。やがてかつて首都圏で活躍した東急電鉄時代そのままの姿の電車が走ってきた。森を画面の端に入れてシャッターを切った=写真(1)

 垂園(たれその)森。奇妙な名前である。「誰その森」。平安の歌人・能因法師が著わした「能因歌枕」には、伊賀国の名所として紹介されている。一千年以上前から和歌に詠まれた名所なのだ。

 さ夜更けてたれその杜の子規(ほととぎす)なのりかけても過ぎぬ也けり

 西行法師の歌とされるが、平安時代の治承年間に行われた「三十六人歌合(うたあわせ)」では公卿の藤原経家朝臣(つねいえあそみ)が詠んだ歌になっていて(谷山茂著「治承三十六人歌合と建仁年間影供歌合四種」)、鎌倉後期に編まれた「夫木抄(ふぼくしょう)」にも出てくる。

 いずれにしても平地にたたずむこの森は、日が暮れると闇を増し、「あなたは誰?」と呼びかけても、「それそれ」と答えてもらわないといけないほど相手が見えない、そんなロケーションだったようだ。

 他にもすぐ近くにぽつりと森があって「哀園(あわれその)森」と呼ばれる。伊賀地方は山に囲まれた盆地だが田園も意外と広く、電車の車窓から見ると海に浮かぶ島々のようにも見える。そんな風景がいにしえの歌人たちを引きつけたのだろうか。その広々とした風景を、忍者電車がさっそうと走り抜けた=写真(2)。(藤浦淳)