【鉄道アルバム・列車のある風景】伊賀鉄道(上)/藤の花の疲れ - 産経ニュース

【鉄道アルバム・列車のある風景】伊賀鉄道(上)/藤の花の疲れ

(1)上野の街のシンボルが春霞の向こうにそびえていた=三重県伊賀市(西大手-新居)
(2)狭い街中をするすると走り去る電車が忍者っぽく見えた=三重県伊賀市(広小路-茅町)
明治時代の跨線橋は欄干の装飾も美しいレンガ造り=三重県伊賀市(桑町-茅町)
服部川に架かる鉄橋を渡る=三重県伊賀市(新居-西大手)
 草臥(くたび)れて宿借る此(ころ)や藤の花(笈の小文)
 伊賀上野といえば、何をおいても忍者。伊賀鉄道に乗ると席の上の棚に潜んでいたり、プラットフォームに座っていたり、伊賀市役所の正面には「ようこそ忍者市へ!!」とある。
 一方でこの街は古典文学にもゆかりが深い。冒頭の句はこの地で生まれた松尾芭蕉が大和(奈良県)で詠んだ句だが、上野の市内にも句碑がある。「よく歩いて疲れた。宿を取らなきゃと思って見上げれば藤の花がぶーらぶら」。その前に『荷物が重く歩くのが憂鬱(ゆううつ)だ』などと書いているので、満開で重く垂れ下がる藤を心持ちに重ねたものだろう。しかし古来多くの文人に愛された花で詠むあたり、辛いだけの旅ではないことがうかがえる。
 郊外の市部(いちべ)駅にマイカーを駐車してパークアンドライド。いったん街並みを抜けて北郊の新居(にい)駅で降り、服部川の堤防に立つと春霞の向こうに上野城がそびえていた=写真(1)。戦国大名・藤堂高虎が建設を進めたものの、完成直前の台風被害で果たせなかった天守の夢を、昭和10年に市民が果たしたのだという。そう聞くと感慨もひとしお。
 そこから電車で街中へ戻り、雨模様の中を撮影して回る。西大手、上野市と駅間を歩き回り、広小路駅から住宅街を走る電車を狙っていると、走り去る姿が甍(いらか)の波の間を足音もなくするするっ、と走る忍者のように見えた=写真(2)。そして藤の花のような疲れを覚えた。(藤浦淳)