【大阪北部地震】発生から1カ月 今なお続く避難生活「何を食べてもおいしくない」 - 産経ニュース

【大阪北部地震】発生から1カ月 今なお続く避難生活「何を食べてもおいしくない」

地震から1ヶ月が過ぎても屋根にかけられたブルーシートが目立つ住宅地=18日午前、大阪府高槻市(恵守乾撮影)
 大阪北部地震の発生から18日で1カ月が経過した。被害が大きかった大阪府高槻市と茨木市では、いまなお計約80人が避難所での生活を余儀なくされている。両市は家屋の被害が大きかった住民を中心に、市営住宅提供などの支援を行っているが、すべての被災者には行き渡っていないのが現状だ。被災者らは日常生活に戻れぬまま、今も不安な日々を過ごしている。
 「1カ月たっても怖いという気持ちは一緒。今も揺れはあるし、地震はまだ終わっていない」。茨木市の市立男女共生センターに避難している飲食店店員の女性(67)は、ため息をついた。
 住んでいた木造アパートは、地震で外壁に大きな亀裂が入った。家に戻ってシャワーを浴びることもあるが、余震への不安から夜は必ず避難所で過ごす。だが、いつまでも避難所にいるわけにもいかない。できれば、市が提供している市営住宅に転居したいというが、被害の大きい「全壊」や「半壊」家屋の住民が優先となっており、「私らみたいな『一部半壊』は厳しい」と首を振る。
 長引く避難生活に、被災者らの疲労も蓄積している。同市の70代のパート女性は、1人暮らしをしていた築60年の一軒家の屋根の瓦が落ちたため、避難所へ。だが西日本豪雨で雨漏りがひどくなり、置いていた服はびしょぬれになった。「屋根にはったブルーシートだけでは耐えきれず、もうこの家には住めないんだなと思いました」。いつ地震が起きるかわからず緊張が続く中、食欲も落ちたという。「今は何を食べてもおいしくない。屋根があるだけでもありがたいと思わなければいけないのですが」と肩を落とした。
市営富寿栄団地の自室を片付ける大倉玲以子さん=18日午前、大阪府高槻市
 避難所から新居へ移り住んだものの、復旧作業に追われる人もいる。
 高槻市の市営富寿栄(ふすえ)住宅は柱にひび割れが生じて応急危険度判定の「要注意」判定となり、多くの住民が避難所などに移った。主婦の大倉玲以子さん(42)は市内の新しいマンションへ16日に引っ越したが、被災した部屋の片付けはまだ終わっていない。
 18日、同住宅を訪れると、西日本豪雨による雨漏りで壁もはがれ落ちていた。「高槻では水害が起きないと思っていたが、今回の地震で『絶対』はないと痛感しました」と大倉さん。壊れた家具を片付けながら、「まだやることはたくさんある。それが終わるまでは、気持ちが落ち着かない」と話した。