【軍事ワールド】米朝首脳会談 本当に“不発”なのか… トランプ外交はミサイルよりマネー中心のディール - 産経ニュース

【軍事ワールド】米朝首脳会談 本当に“不発”なのか… トランプ外交はミサイルよりマネー中心のディール

米朝首脳会談を終えて握手をする、北朝鮮の金正恩委員長(左)とトランプ米大統領=シンガポール(ロイター)
 シンガポールで会談するトランプ米大統領(右)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(AP)
カナダでのG7サミットでトランプ米大統領(右端)に向かい身を乗り出すドイツのメルケル首相=ドイツ政府提供、AP
 歴史上初の米朝首脳会談は、北朝鮮に「半島の非核化核」を約束させただけに終わった。北はこれまでに同様の約束を何度も反故にしてきた。日本にとっては拉致被害者の解放に関して目立った進展もなく、逆に金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長に体制保障を約束するなど、その過剰な譲歩を批判する声が多い。だが、トランプ氏の本質がビジネスマンであったことを思い返せば、その冷徹な狙いが見えてくる。(岡田敏彦)
 良いことがあったか
 拉致、核、ミサイル-。多くの問題を一挙に解決へ導くのではないかと期待した人々にとって、6月12日に行われた初の米朝首脳会談は看板倒れに終わった。さらに世界を怪しく思わせる事態が続く。トランプ政権は会談の後、記者会見までの時間を使って報道陣に「PRビデオ」を公開した。
 時間は約4分。米国と「和解」した場合、北朝鮮はこのように経済発展するだろう、との未来図を映像化したもので、近代化された工場で働く労働者や笑顔の民衆の映像がちりばめられた。この映像から、米朝会談でトランプ氏が金委員長にどんな提案をしたかが伺える。平たく言えば「アメリカと敵対せず仲良くすれば、経済が発展するぞ、良いことがあるぞ」だ。
 裏返せば「ロシアや中国と仲良くして、いままで何か良いことがあったか?」という問いかけとも推定できる。
 確かに朝鮮戦争では中国が義勇軍を送り、旧ソ連は兵器を供与して米軍含む国連軍と対抗した。北朝鮮という国家が滅亡しなかったのは中ソ両国の働きによるものだ。だが、それから約70年間はどうだったか。
 1990年代には食糧事情が逼(ひっ)迫(ぱく)し国民の多数が餓死する事態に至り、2004年には国交すらない日本から食料25万トンもの援助を受けるありさまだった。中ソ、中露頼みの北朝鮮経済は、発展どころか停滞と衰退の道を歩んできた。南北の鉄道連結問題を扱う分科会議(26日)では、北の鉄道インフラの貧弱さから、鉄道の相互乗り入れが極めて困難なことが明らかになっている。
 軍事面でも、中ソが供与した兵器は常に時代遅れだった。北朝鮮が装備するミグ21や29は、他国では既に退役している。北の外交政策は、中国か旧ソ連(ロシア)になびくしかないと足下を見られてきた。
 しかし米朝会談で状況は一変した。「米国と仲良くなれるチケット」、言い換えれば、近い将来に米国からの投資や、米国市場に参入できる可能性が示されたのだ。そして北には、ほぼ無料の安価な労働力がある。もちろん「チケット」は完全な核放棄と引き換えで、かつ放棄までは経済制裁が続く。「飴と鞭」ならぬ「マネーと鞭」の政策だ。
 経済発展とは
 この新・米朝関係に神経をとがらせるのが中国だ。米朝首脳会談のおりには、金委員長は中国の国営航空の旅客機で北とマレーシアを往復した。各国マスコミが指摘するとおり、北朝鮮の幹部専用旅客機イリューシン62型があまりにも旧式(初飛行は1963年)で「マレーシアまでの長距離を飛べないのでは」「途中で故障でもすれば一大事」との事情に配慮したものとされる。北への影響力をアピールしたいとの中国の狙いが見える。しかしマネーをベースにした見方では、逆効果だ。
 中国が金委員長のために貸し出したのは米国ボーイング社製のジャンボジェット、ボーイング747。中国は1972年のニクソン米大統領(当時)の訪中と79年の米中国交正常化により経済面で改革開放路線に転じ、今に続く経済発展を遂げた。
 この背景を踏まえれば、アメリカと仲良くなれば米国製の立派な旅客機を周辺国に気前よく貸し出せるほど経済が潤い、国が発展するということを「渇望する北」に見せたに過ぎない。
 喉の骨
 この旅客機貸し出しに前後し、3月下旬を手始めに3度の中朝首脳会談が行われたが、これで中朝関係が改善されたと見るのも早計だ。両国は解決しがたい矛盾を抱えている。
 今年2月13日に金委員長の異母兄、正男(ジョンナム)氏が猛毒の神経剤VXで襲撃されたことは記憶に新しい。内外メディアはこの事件を、金委員長の指示を受けた北の工作員の犯行の可能性を指摘している。そして正男氏は生前、中国の保護の下に暮らしていたともされる。
 これを金王朝の後継者争いという観点から見た場合、中国は「もう一人の王子」を手元に持っていたことになる。正男氏は殺害されたが、息子のハンソル氏はやはり中国の庇護下にあると韓国紙の東亜日報(電子版)などが報じている。
 政権のすげ替えをも可能とする重要人物の庇護問題は、北にとって譲れない一線であることはこれまでの事実が示している。
 リセット
 一方のトランプ米大統領は、このマネーの力を北朝鮮以外の国にも発揮しはじめている。最もわかりやすい事例が、6月8、9日にカナダ東部シャルルボワで開催されたG7サミットだ。
 米国と欧州、カナダが貿易問題で激しく対立し、日本が仲裁役にまわるという異例の展開となった。米国は安全保障を理由に新たな関税を導入。カナダを筆頭に欧州諸国が強く反発した。ロイター通信は、仏政府筋の話として「トランプ氏はサミットで米国の貿易相手国を激しく非難した」と指摘。北米自由貿易協定(NAFTA)再交渉への動きも頓挫した。
 これは北に示した「チケット」の魅力とは逆の動きだ。これまで友好国だったからといって、無条件に米国市場に参入し続けられるわけではない-との見直しを進める動きなのだ。
 トランプ氏の外交は、アメリカという巨大市場に参入する「権利」の威力を最大限に利用したものとなりつつある。中国、韓国はもちろん、EUや日本…。同盟国にさえ「権利のリセット」をちらつかせ、敵であった北朝鮮の目の前に「参入への夢」をぶらさげる。その夢と「核放棄」をディール(取引)しようというのが、トランプ流のようだ。
 トランプ政権の目論見が成功するなら、北は核兵器の廃棄とともに経済発展に乗り出す。米国は市場参入を認めるだけで資金提供は日韓に任せる。韓国は経済状況が極めて悪化しており、北に援助どころか自国に援助が必要な状況にある。そして日本はもちろん拉致被害者の帰還なしに資金提供はしないため、北は拉致被害者を解放することになる-というシナリオが見えてくるのだが…。
 情報の管理
 しかし問題は残る。自由と民主主義を重んずる米国のトップが、金正恩体制の保証を約束したという点だ。
 反体制分子の強制収容や拷問、公開処刑など、脱北者の明かす北朝鮮の人権状況は最悪だ。体制保証はこうした人権抑圧を認めるかのような材料だが、実は核放棄にとっては必要悪のファクターなのだ。
 米朝会談後の共同声明では「完全かつ検証可能で不可逆的な核放棄(CVID)」は記されず、「北朝鮮は朝鮮半島における完全非核化に向けて努力すると約束する」との一文が盛り込まれた。北朝鮮のいう「朝鮮半島の非核化」は在韓米軍の完全撤退を含んでいるという見方もあるが、いずれにせよ非核化を進めるのは政治を抜きにした実務的にも難しいものだ。
 北朝鮮が正直に核兵器を全て廃棄する、というのが米国の目指すゴールだが、その後、核開発に携わった技術者たちをどう処遇するのかという難問が残る。
 米国が金委員長の体制を保証せず、北朝鮮が米国流「自由と民主主義」の国に生まれ変わった場合、あるいはリビア方式よろしく金委員長が権力の座を失ったり、国家体制が崩壊した場合、この科学者たちが諸外国へ極秘のうちに流れていくことは容易に想像がつく。冷戦崩壊時に旧ソ連の軍事・科学技術者が流れていったように。あるいは核技術をテロリストに売るという最悪の結果もありえるのだ。