大阪北部地震の震源地

夕焼けエッセー

 私はこのたび発生した地震の震源地である大阪北部の茨木市に住んでいます。朝早くから起きて水墨画を描いていましたら、何かしら一瞬、異様な感じがしたと思ったら、ビシューと大地を引き裂くような音がして、大きく揺れた。

 食器類が飛び出し、テレビも倒れている。2階にあがると、趣味で集めた中国骨董品(こっとうひん)の壺が棚から落ちて粉々になっているし、タンスの引き出しが飛び出していた。

 わが家の貸家から電話があり、屋根瓦がメチャクチャになっているとの連絡で、あわてて現場に行くと6軒のうち3軒の屋根がムチャクチャになっており、早速、大工さんに連絡するが、忙しくてすぐには行けないとのこと。

 天気予報では、明日、あさってが大雨であるとのことで、ホームセンターにブルーシートを買いに行くが売り切れていた。娘が市役所でブルーシートの配布があると聞きつけて、貸家の人と一緒に行ってブルーシートをもらってきた。

 私も娘もその貸家の女の人も、屋根によう上らないで困っていたら、近所の男の人が屋根に上ってブルーシートをかぶせてくれた。

 やれやれと思って家に帰ると、次々とお見舞いの電話が鳴ってくる。震源地が茨木市方面と報道されているので、特に遠方の知人、友人から心配して電話がかかってくる。ほとんどが年賀状だけの交流で、ここ数年、数十年会話などしたことのない人ばかりでした。

 ここ数年は妻を亡くして、わびしい独居老人で、もう誰も私のことなんて忘却の彼方(かなた)になり、さびしいひとり暮らしをしておりました。

 このたびの地震でまだこの世の中に、私を心配してくれる人がいることがわかり、不幸中の幸いで私は少し元気になりました。

中島 孝和(79) 画廊オーナー 大阪府茨木市