【関西の議論】官公庁もしのぎを削る…日本版「白熱教室」は根付くか? 増える学校での対話型講義 - 産経ニュース

【関西の議論】官公庁もしのぎを削る…日本版「白熱教室」は根付くか? 増える学校での対話型講義

 税の仕組みを学ぶ租税教室や選挙の意義を学ぶ出前授業など、小中高生を対象にした「出張授業」に対する関心が高まっている。背景には一方的な講義形式から対話を重視する学校教育の方針転換があり、限られた授業枠の中で自分たちの授業を「採用」してもらおうと、主催する中央官庁側が内容に工夫をこらすなど、競争も加熱している。かつて人気を博した米ハーバード大のマイケル・サンデル教授による人気テレビ番組「ハーバード白熱教室」に代表される対話型の学習スタイルは、日本の教育現場に定着するのか。(吉国在)
リアル“白熱教室”
 「いい質問だねー」。
 全国有数の進学校として知られる灘中学校(神戸市東灘区)で5月に行われた、税金が社会で果たす役割や脱税調査をテーマにした特別授業。相次ぐ中学生からの鋭い問いかけに、講師を務めた大阪国税局の猪野(いの)茂総務部長はテレビのニュース解説番組で人気のジャーナリスト、池上彰さんかのようにうなった。
大阪国税局の猪野茂総務部長(右)の講義を受ける灘中生ら(須谷友郁撮影)
 大教室で行われた特別授業には、3年生約180人が参加。「(脱税調査の)査察の家宅捜索で『隠し金』が見つかる割合は?」「木の下に埋めたお金はどうやって見つける?」。矢継ぎ早に放たれる質問に対し、猪野部長は「感覚的に言うと(隠し金の発見確率は)9割ぐらいかな」「土中に埋める工事の請求書があったり(脱税者に)自供を迫ったり、いろいろな手がかりからお金の場所を探る」などと応じた。
 数億円分の札束や金塊がクローゼットや庭の土中などに隠されていた脱税現場の生々しい話が紹介されると、生徒らは驚きの声とともに次々と挙手して質問を連発。教室はさながら、サンデル教授の「白熱教室」の様相を帯びた。
 授業の中で猪野部長は、国民が税金を納めることで警察やごみ収集などの公共サービスが維持されていることを解説。銀行員から国税職員に転身した自身の経歴にも触れ、「この国を良い方向に導いていくにはどうすべきなのか。皆さんに考えてもらいたい」と言葉に力を込めた。
灘中生らに講義をする大阪国税局の猪野茂総務部長(須谷友郁撮影)
 授業後、理系の研究者志望という男子生徒の1人は取材に対し、「日本の社会は貧しい人へのケアが十分に行き届いていないと思う。課税の仕組みを変えて、困っている人を助けるようにしてほしい」と、税金の使われ方に対する意見を述べた。
 公民科を担当する灘中の片田孫朝日(かただ・そんあさひ)教諭は、「公共のために働くことのやりがいを生徒たちに教えてもらいたかった。(灘中には)官僚や政治家を目指す生徒もいる。良い目標になったのではないか」と、授業の手応えを口にした。
「授業枠」めぐり競争も
 国税庁によると、平成29(2017)年度に全国の小中学校や高校で開かれた租税教室は、前年度比1251校増の2万553校。現在の方法で統計を取り始めた5年前と比べると、5115校増加している。
 日本を縮小した「日本村」の予算案をグループワークなどを通じて考える特別授業を行っている財務省によると、29年度は前年度比91校増の137校で実施。総務省が主催する模擬選挙体験などで主権者意識を養う出前授業は、27年度に1924校と、選挙権年齢が18歳に引き下げられる以前の25年度と比較して1466校も増えた。
 文部科学省が29年3月に改訂した小中学校の学習指導要領に「主体的、対話的で深い学び」を重視する方針が盛り込まれるなど、教師が教壇から一方的に内容を伝える講義ではなく、講師と生徒が双方向的に対話しながら学ぶ形式の授業は年々増える傾向にある。
 路上生活者から実際に話を聞く大阪府立西成高校の「反貧困学習」など、行政機関以外から外部講師を招く学校もあるが、多くは官庁などの行政機関が実施している。授業を通じて税金や選挙の意義を知ってもらうことで、健全な「公的意識」を養うという狙いがある。
 ある中央省庁の職員は、「出前授業を実施できる『総合学習』の時間枠は決まっている。専門家ならではの視点を生かした魅力あるコンテンツを用意しなければ学校側から受け入れてもらえず、他官庁との競争になっている」と実情を明かす。
ゆとり教育の再評価?
 平成22(2010)年にNHKで放映された「ハーバード白熱教室」では、サンデル教授が「殺害に正義はあるか」「今の世代に過去を謝罪する責任はあるのか」といった哲学的な難問を学生にぶつけ、「君ならどうする?」「その理由は?」などと、異なる意見を持つ学生と丁々発止にやりあう展開が視聴者をくぎ付けにした。
 生徒が能動的に学ぶ「アクティブラーニング」を長く実践してきた近畿大の杉浦健(たけし)教授(教育心理学)は、「白熱教室が今の日本の授業スタイルに少なからず影響を与えた」としたうえで、「ゆとり教育の反省などから、子供たちに『学ぶ意味』を考えてもらうことに、より重点を置いた教育にシフトつつある」と指摘する。
 杉浦教授によると、従来の暗記を中心とした知識の詰め込み型教育の反省から、平成14年以降は自ら学ぶ力を養ういわゆる「ゆとり教育」へと方針が転換された。
 ところが、経済協力開発機構(OECD)が平成18(2006)年に実施した15歳時の国際学習到達度調査(PISA)で日本は、数学的応用力や読解力などの順位が軒並み低下。「PISAショック」と呼ばれ、授業時間を削減したゆとり教育が原因とする批判が巻き起こった。
 その後、知識や技能をベースとした基礎学力に学習の重点を見直す「脱ゆとり」に回帰する過程で、ゆとり教育で重視されてきた「主体的に学ぶ力」に加え、社会との関わりのなかで知識や技能を使う思考力や判断力、表現力を培う学習が再評価されているという。
 杉浦教授は、「知識偏重だけでも、ゆとり教育だけでも学習は成り立たない。そこに『深い学び』があってこそ価値がある」としたうえで、出張授業が増えていることについて「授業をする側も生徒側も互いにメリットが得られる。実社会の現場で働く専門家の話を聞くのは、生徒にとって『なぜ学ぶのか』を考える絶好の機会となるはずだ」と話している。