【関西の議論】過去最多の高齢者虐待、増え続ける理由とは 立ち入り調査めぐり訴訟も - 産経ニュース

【関西の議論】過去最多の高齢者虐待、増え続ける理由とは 立ち入り調査めぐり訴訟も

 高齢者施設での職員らによる虐待事例が後を絶たない。厚生労働省によると、特別養護老人ホームなどの介護施設で職員による高齢者への虐待が確認されたのは平成28年度は452件で、10年連続で増加し、過去最多を更新した。厚労省は「高齢者虐待の社会的関心が高まり、通報の必要性の認識も高まってきている」と分析しているが、調査に当たる自治体には苦労もあるようだ。通報を受けて事実を確認しようとしても簡単に立ち入り調査ができないこともあるという。関西の裁判所では、自治体に虐待があったと認定された高齢者施設側が、立ち入り調査を違法だと自治体を訴えた裁判も。自治体担当者からは「スムーズに立ち入りを行いたいのだが…」との声も聞かれる。
立ち入り調査拒否も
 「場合によっては、立ち入り調査が円滑に進まないこともあるんです」
 関西のある自治体の職員が漏らす。
 平成18年に施行された高齢者虐待防止法は、虐待を受けたと思われる高齢者を発見した人に対し、市町村へ通報する努力義務を定めている。
 通報を受け付けた自治体は、必要があれば立ち入り調査を実施するなどし、通報内容が事実かどうかや高齢者の安全を確認する。
 この職員によると、立ち入り調査の際、なかなか中に入れてもらえなかったり待たされたりすることもあるといい、「自分たちに都合の悪いことを隠すためなのか、と勘ぐってしまいたくなる。高齢者の安全を確認するのに時間がかかることをもどかしく感じる」と話す。
 市町村と合同で調査に当たることがある大阪府の職員も「調査を拒否され、警察に協力を要請するケースもある」と打ち明ける。
 この立ち入り調査をめぐる裁判が、関西の裁判所であった。
 「虐待がある」という通報に基づいて立ち入り調査を受けた医療法人が「立ち入り調査は違法」として、調査を実施した自治体に1億円の損害賠償を求めて提訴。医療法人は、立ち入り調査は間違った通報に基づいたもので、運営する施設の入居者を他の医療機関に移送されたため「虐待をしていた」というレッテルを貼られ、診療や訪問介護の休業を余儀なくされた-などと主張した。
ネグレクトや身体的虐待
 判決によると、20~25年に、この医療法人が運営する施設では、入居者への虐待が行われているといった相談・通報が、自治体に少なくとも10件寄せられていた。
 具体的には、手首をベッドに縛り付けられるなどして拘束されている▽自立していたのに、入居から1カ月後には寝たきりになった▽入居直後は食事ができたのに、胃ろうが必要になった-といった内容という。
 そこでこの自治体の担当課は25年2月に立ち入り調査を実施。入居者らについて、体が汚れている▽手足の爪が伸びている▽両手首にあざがある▽床ずれの処置が不適切▽布団に食べかすが落ちているなど不潔-などが確認されたとして、全員を別の医療機関に搬送した。
 その後、弁護士や社会福祉士ら専門家を交えた会議を開催。入居者12人のうち7人は介護放棄(ネグレクト)▽行動を制限され、家族との面会を監視されていた1人が心理的虐待と身体的虐待▽歩けるのに車いすを使わされ、外出できずに体力を低下させられた1人は身体的虐待-と認定していた。
「事実確認の必要性あった」
 迎えた判決。裁判所は立ち入り調査について、虐待の通報が寄せられていたことから「通報についての事実があるかを確認する必要があった」と必要性を指摘。医療法人側は「虐待の事実はなく、通報は事実に反する」としていたが、「衛生状態に問題のある入居者が存在していたことが認められる」として、主張は採用しなかった。
 入居者を医療機関に搬送した対応についても、裁判所は、衛生状態に問題がある入居者が見つかった▽入居者はいずれも要介護度が高い▽認知症で意思の疎通が難しい入居者も多かった-などの点から、「入居者の健康状態を確認し、適切な治療を行い、専門家の知見を踏まえて虐待の有無を確認するために、医療施設に搬送する必要性があった」と判断。医療法人側の請求を棄却した。
アンガーマネジメントも
 高齢者の虐待は深刻さを増している。
 厚労省によると、28年度に市町村が受け付けた高齢者施設での虐待に関する相談・通報は1723件(前年度比83件増)。自治体が調査をし、虐待と判断した件数は過去最多の452件(同44件増)となった。この調査の10年前の18年度と比べると、相談・通報件数は6・3倍、虐待件数は8・3倍と大幅に伸びている。
 増加の理由について、高齢者虐待が広く知られるようになり関心が高まったことに加え、介護現場では、深刻な人手不足で職員の繁忙度が増したことも影響しているとの指摘もある。
 施設職員による虐待の種類(複数回答)では、拘束などの身体的虐待が65・5%と最多。暴言などの心理的虐待が27・5%、介護放棄が27・0%と続いた。
 高齢者虐待に詳しい花園大学の福富昌城教授(ソーシャルワーク)は「一般企業の採用が増え、高齢者福祉の現場で質の高い人を確保しにくくなっていることが影響している」という。
 人手が足りず、日々の業務をこなすのが精いっぱいの職場では「職員が追い詰められてしまい、虐待のリスクが高まる」と指摘。「職員が悩んだり迷ったりした場合に責任者に相談ができ、一緒に考えてもらえるような態勢を整えることが重要だ」と訴える。
 また近年は、職員が気持ちをコントロールできるようにと「(怒りの感情を制御する)アンガーマネジメントの研修を取り入れている所もある」といい、新たな手法の導入も提言している。