平城宮跡東院 天皇らの食膳支えたかまどか 機能分化した厨と判明

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平城宮跡東院地区で見つかった加熱調理施設跡(左側)。低い位置(右側)にある大型井戸の遺構と階段でつながっている=奈良市

 平城宮跡(奈良市)の東院地区で、火を用いた調理場とみられる奈良時代後半の施設跡が初めて見つかり、奈良文化財研究所が14日発表した。かまどの可能性もある。周辺では昨年、大型井戸跡や水路跡が出土しており、一帯は女帝らの食膳を準備するため、施設を機能的に配した大規模な厨(くりや)(台所)だったと推測される。

 加熱調理跡は東西に4カ所並び、いずれも幅35~40センチ程度。土が赤化するなど火を用いた痕跡があり、一部で炭も堆積していた。南側でも同様の痕跡が見つかっており、奈文研は付近に火を使った調理場が広がっていたと考えている。

 西側では幅約5・8メートルの階段跡が出土。これより低い位置にある井戸を階段でつなぎ、洗い場と調理場を使い分けたとみられる。

 東院は平城宮の東に張り出した南半分。天皇の宮殿などがあったとされ、「続日本紀」に女帝の孝謙(称徳)天皇の頃に宴を催したという記述もある。

 同研究所の渡辺晃宏・都城発掘調査部副部長は「食膳を支えた厨の機能が場所ごとに分かれていたことが分かった。火を使った場が見つかった意義は大きい」と話している。

 現地説明会は17日午前11時~午後3時。小雨決行。

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