覚醒剤買うために密売年間1000回以上の女

衝撃事件の核心

 1年間で千回以上にわたり、計約3万2千回使用できる量の違法薬物を売りさばく-。この内容から、どのような犯人像をイメージするだろうか。暴力団などの組織的な背景を考えるかもしれない。だが、これは大阪市内の40代の無職女が、自分で使用する薬物の購入代を稼ぐためにやったことだった。麻薬特例法違反罪などに問われた、この女に対する裁判員裁判が5月、大阪地裁で開かれた。女は仕入れから配達まで全て1人でやりくりしていた。理由は「金を稼げて、覚醒剤を常に手元に置いておける」。過去に覚醒剤の使用で2回有罪判決を受けていたが、自身が薬物依存症と自覚することもなかった。薬物汚染の負の連鎖。事件からは再犯を防ぐための司法制度の課題も浮かび上がった。

出所後すぐ覚醒剤に手を出す

 判決などによると、女は平成28年6月に覚醒剤の密売を始めた。きっかけは「覚醒剤ほしさ」だった。

 女はそれまでに覚せい剤取締法違反罪(使用)などで2回有罪判決を受けており、25年に刑務所から出所。だが、出所後まもなくして覚醒剤の使用を再開した。

 定職はなく生活保護を受給していたが、覚醒剤の購入費がかさみ、携帯電話の利用料が払えなくなるまでになった。そこで、収入のほか「覚醒剤を好きなときに好きなだけ使える」との魅力もあり、密売に手を出した。

 手口は単純だった。仕入れ先は、以前からの購入先に紹介された女性。女性から薬物を購入すると、インターネットの匿名掲示板で客を募り、相手の希望に合わせて薬物を郵送したり、待ち合わせ場所に持っていったりした。

 女のマンションから見つかったノートには違法薬物を売った日付、売った量、代金など事細かな内容が記されていた。この記載から密売の実態が明らかになった。

 女は摘発される29年6月までの約1年間で、225人に対し、計約1100回にわたり、覚醒剤や大麻を販売していた。このうち覚醒剤は965グラムで、一般的な使用量で約3万2千回分に相当する。

 売り上げは覚醒剤と大麻を合わせて約2200万円。要望があれば、睡眠薬や注射器なども併せて販売し、リピーターを確保していた。

 仕入れからインターネットへの書き込み、配達まで全て1人でこなしていた。違法薬物を簡単に郵送したり、ノートに売買の詳細を記したりするのは犯罪の形跡を残してしまうが、女は「手っ取り早い方法を選び、深いことは考えずにやっていた」。重大犯罪に手を出している自覚はなかったようだ。

毎日1回は覚醒剤使用

 公判によると、経費を除いた女の実質的な利益は、1年間で約660万円。生活保護費を加えると毎月65万円くらいを手にしていた計算になるが、豪遊することもなく、逮捕時の全財産は40万円ほど。生活費を除いた金は自分が使う覚醒剤の購入に充てていた。

 もともと覚醒剤を始めたのは10年以上前、交際相手から勧められたことがきっかけだった。東京出身で婚姻歴あり。息子もいるが、薬物にはまってからは施設に預けて大阪に出てきた。

 「気分が落ち込んでしまったときに覚醒剤に逃げてしまった」というが、次第に依存は深まり、逮捕前は毎日1回は使っていた。

 1度の使用量は、仕入れた覚醒剤の効果を確かめる意図もあったが、一般的とされる使用量の10倍もの覚醒剤を注入。腕の血管は注射の打ちすぎで異常が出ていた。

 女は「最初はいつでも止められると思ったが、どうやって覚醒剤を手に入れるかいつも考えるようになった」と述べた。

再犯率上昇、負の連鎖

 本来、遠い存在であるべき覚醒剤だが、女のように「深く考えず」密売してしまえば、手が届きやすくなってしまう。

 女の顧客の中には、女を仕入れ先として密売をしていた人物もいた。この負の連鎖が続けば、薬物犯罪を撲滅することは難しい。

 犯罪白書によると、平成28年の1年間で覚せい剤取締法違反罪で摘発されたのは1万607人。刑法犯全体は減少傾向なのに、18年以降ほぼ横ばいで推移し、毎年1万人以上が摘発されている。

 また、再犯の課題が深刻で、同罪で摘発された成人のうち、前にも同罪で摘発されていた人の割合を示す「再犯者率」は、18年が55・7%だったのに28年には65・8%まで上昇している。女も過去の2回の裁判では「(覚醒剤を)100%辞める気持ちにならなかった」という。

 女は今回の裁判を通じて初めて自身が薬物依存症と自覚。「薬物の知り合いを全て断ち切る」と当初黙秘していた仕入れ先の女性についても詳細に供述し、「今後、警察の捜査にも協力する」と更生を誓った。

 大阪地裁は5月16日の判決公判で、「社会に害悪を拡散する重大性を顧みずに安易に密売した」として、女に懲役8年、罰金250万円(求刑懲役10年、罰金300万円)と、売上金である約2200万円の追徴を言い渡した。

 判決理由で、松本圭史裁判長は、女が仕入れ先を供述したことなどを「薬物を断つ決意の表れ」として考慮した一方で、「服役を経験し、覚醒剤の害悪を十分に自覚すべき立場にあった」とした。

「治療的司法」など新たな司法制度も

 薬物汚染は大きな社会問題。女のように再び犯罪に手を染める再犯の増加も深刻だ。どう取り組めばいいか。成城大の指宿(いぶすき)信(まこと)教授(刑事訴訟法)は「日本の司法制度は刑罰を与えることに重きが置かれ、被告が犯罪を起こした原因を解決する仕組みが十分に整っていない」と指摘する。

 指宿教授は昨年春に成城大で設立された「治療的司法研究センター」のセンター長も務めている。指宿教授によると、アメリカやカナダなどでは、薬物やギャンブル、アルコール依存など、被告が犯罪を起こす原因を裁判所が医療機関と連携して取り除き、再犯を防ぐ「治療的司法」と呼ばれる考えが広まっている。

 治療的司法の中では、裁判所が刑罰を科す代わりに治療のプログラムを組み、プログラムを修了したら刑罰を科さない制度が取り入れられている。

 日本でも更生を重視する向きは強まっており、平成28年6月、薬物使用者などを対象に、裁判所が社会の中で更生を図ることが適当と判断すれば刑の一部の執行を猶予する制度が導入された。

 ただ、指宿教授は「現状の司法制度では、裁判所は量刑判断の中で更生を考慮するものの、具体的な治療方法を提示することができない」と指摘。「司法が緊密に医療関係と連携して原因の根本的な解決を目指す、新たな司法制度を検討する必要がある」と提言している。