「この器で酒を飲むと味がまろやか」には理由があった…匠の技を科学で解き明かす

関西の議論
ぬれ性が良く、味がマイルドになるとされる日ノ出窯のぐい飲み(左)=黒田孝二氏提供

 このコテを使ってまぜた壁土は上質に、この陶器で飲む酒は味がマイルドになる…。鍛冶(かじ)や陶器など職人が手作業で生み出す商品に伝わる評判を科学の力で解析しようという試みに、京都工芸繊維大学の伝統みらい教育研究センター非常勤講師、黒田孝二氏(70)らが挑んでいる。勘による暗黙知とされてきた「匠(たくみ)の技」。伝統技術の細部に宿る神を科学の力で解明し、現代のものづくりにつなげる狙いだ。(花輪理徳)

京壁を支える鍛冶職人のコテ

 桃山時代、茶道とともに発展したとされる京壁。京町家などで継承され、きめの細かい上質な仕上げの土壁は人気が高い。

 土壁の素材は、土と粘土、ワラ、水などをコテで練り上げて作る。練り上げの工程は、丈夫できめ細かい壁をつくるための肝となる作業。左官職人の世界では、練った後に表面に水が滴るような「ノロ」と呼ばれる現象が生じる素材が上質とされ、「水撫(みずな)ぜ鏝(こて)」という道具で手の感覚を頼りに理想の土を練り上げる。

 黒田氏によると、職人の練り加減もさることながら、コテも水が滴るようないい土を練る上で重要であることが分かってきたという。

鍛えたコテが照りを生む

 職人たちが使う水撫ぜ鏝には、鍛冶職人が鍛えた鉄が使われている。熱した鋼をひたすらハンマーでたたき、日本刀と同じように作られた鍛造(たんぞう)品だ。現在流通するコテの大半は、鋳型(いがた)に金属を流し込んで固めた鋳造(ちゅうぞう)品だが、京壁の世界では鋳造品のコテではノロの出る土は生み出せないといわれている。

 そこで黒田氏らが鍛造品と、一般に流通する鋳造品のコテを科学的に分析し比較したところ、表面の構造に違いがあるらしいことが分かってきた。黒田氏は「鍛造を通じてコテ表面に生じた磁気分布が水分子に作用して流動性を向上させている」とする仮説を提唱している。

「2つの味がある」。窯元に寄せられた感想

 「味わい」という感覚的な部分にも、科学のメスが入った。

 「ここの窯でつくられた器はお酒がマイルドな味わいになるものと、味の渋みが増し、飲み応えがあるものの両方があって不思議」

 大津市木戸の窯元「日ノ出窯」では数年前から、ぐい飲み(やや大きめの杯)を購入した客からこんな感想が寄せられるようになった。中には「もうこの器以外は使えない」という声も。

 「なぜそう感じてもらえるのか、理由は分からなかった」。経営者の岩崎政雄さん(68)は不思議に感じていたが、あるとき、知人を通じて黒田氏らの活動を知り、興味半分で器の解析を依頼した。

決め手は「ぬれ性」

 黒田氏らが着目したのは、ぐい飲みに酒など液体を注いだ際に器と液体の接触面で起きる現象だ。

 「マイルド」と感想が寄せられたぐい飲みにワインを注ぐと、器と液体の接触面がよくなじみ、液体が器に吸着しているかのように見えた。

 固体の親水性を示す「ぬれ性」が違うのでは-。こう仮説をたてて検証することにした。「ぬれがいい」とは固体が水をあまりはじかない状態、「ぬれが悪い」とは水をよくはじく状態をいう。

 器の表面に水滴をたらすなどして詳しく分析すると、味がマイルドに感じる器はぬれがよく、渋みが増すと感じる器はぬれが悪いことが分かった。さらに焼き上げる温度がぬれを決める器の表面の構造に影響していることも分かった。

 器は1000度以上で焼き上げるが、その中でも低い温度で焼き上げた器はぬれが良く、高い温度で焼いた器はぬれが悪い。実験を進めたところ、その分岐点は1247度付近と判明。実は、日ノ出窯で焼成している温度だった。1247度に設定していても、窯の中で微妙に温度が違うため、ぬれがいい器と悪い器の両方が焼き上げられることになっていたという。

 1247度は、器の表面にひび割れのような模様を入れる際に最適な温度として、岩崎さんが試行錯誤の末に見つけ出した温度だ。岩崎さんは「科学の力で自分の仕事の新しい魅力が分かったことがうれしい」と話す。現在は「味がまろやかになる」と「味に渋みが増す」の2種類の器をセットにして売り出している。

 ただ、なぜぬれ性の違いが味の感じ方の違いにつながるのか、肝心な部分は分かっていない。黒田氏は「素材の特性の違いがなぜ感覚の違いになるのかをもっと調べたい」と話す。

研究の仕上げ

 黒田氏は大手印刷会社の元研究者で、印刷分野での技術的な課題分析などを手がけてきた。京都工繊大の伝統みらい教育研究センターでは伝統技術の分析結果をもとに、匠の技の数値化・明文化に取り組んでいる。

 たとえば京壁の研究では、土壁を塗る際の職人の動作もモーションキャプチャー(人などの動きをデジタル化して記録する技術)で解析。塗る際の体の動きも上質な壁づくりに関係していると推測し、分析している。

 長い歴史の中で培われた伝統技術の科学による解析。黒田氏は「日本人が大切にしてきた感性に潜む秘密を解き明かしていきたい」と話し、最終的には「勘」や「手応え」など暗黙知にあふれた技術の秘密を現代のものづくりにも生かせるようにしたいという。