【石野伸子の読み直し浪花女】竹林の隠者・富士正晴(1)桂春団治、豪姫…同人誌『VIKING』800号、多くの作家を育てた - 産経ニュース

【石野伸子の読み直し浪花女】竹林の隠者・富士正晴(1)桂春団治、豪姫…同人誌『VIKING』800号、多くの作家を育てた

竹林の隠者と呼ばれた富士正晴。64歳、産経新聞のインタビューで=大阪府茨木市の自宅
 「VIKING」は関西、いや日本を代表する同人誌だ。戦後まもなく創刊され、昨年創刊70年を迎えた。
 島尾敏雄、庄野潤三、高橋和巳ら数多くの作家を輩出した。先だって、89歳で亡くなった作家、津本陽さんもここで作家修行をした。昭和50(1975)年「VIKING」に発表した「深重の海」で直木賞を受賞している。
 いまも現役で活動する「VIKING」。創刊したのは大阪の詩人で作家の富士正晴(ふじ まさはる)だ。富士自身も3度の芥川賞候補、直木賞候補になっている。大阪・茨木市にある小高い丘陵にある竹林の中に住み、ほとんどそこから出ることなく、酒を飲み、仲間と語らい、「竹林の隠者」と呼ばれた。中央文壇とは距離を置き自由な立場で書く。その精神が没後30年をへてなお受け継がれ、雑誌は800号を超えて号を重ねているのだ。
 「VIKING800記念号」は昨年8月に出された。表紙は70年前の創刊号と同じ富士正晴デザインの木版画。
 随筆、小説、雑記と多彩な文章が並んでいる。同人名簿には22人の名前が並び、中には和歌山県在住の作家、宇江敏勝さんの名前もみえる。出版を支える維持会員は60人とある。
 800号記念の「VIKING」の「編集後記」には、ギネスブックに登録したらどうでしょう、いやお金がかかるから却下、と長年続いたことを話題にしていて楽しい。
 編集人を務める田寺敦彦さん(66)は長く続く理由を次のような言葉で説明した。
 「創刊者の富士正晴の言葉にVIKINGは晴れ舞台でなくかけ芝居だ、という言葉があります。きらびやかな都会の舞台でなく、村のみんなが登場する芝居だというような意味でしょうか。この、広く門戸を開いたおおらかさが長く続いた要因でしょう」
   (同人誌 VIKING 公式ホームページ:http://viking1947.com/ )
▼同人誌 VIKING 公式ホームページ(外部サイト:http://viking1947.com/ )
 同人誌というものは、経費を自分たちで分担して出版活動を続ける独特の形式をもった文学活動だ。日本の出版史において大きな位置を占めてきた。毎年、日本文芸家協会が編集する「文芸年鑑」(新潮社)にはいまも数多くの同人誌が掲載されている。直近の年鑑をみると同人誌の数は小説・評論部門で約400誌、詩・短歌・俳句ではその3倍近い。
 この数をみてもわかるように、同人誌が日本でとくに広がった背景には、近代以前の歌人・俳人たちの集まりがある。その伝統が、出版資本の基盤が弱かった時代に、自己表現を可能にするツールとして同人誌の広がりを支えた。
 ときに商業雑誌を補完する存在として、ときに否定するような形で発展してきたが、戦後爆発的に広がった時期がある。戦前誕生した既存の出版社が戦後の復活にもたついたすきをねらい、戦前の仲間たちがゲリラ的に復活し、活発な出版活動に参加したからだ。
 「VIKING」もその流れの中にある。
 富士正晴は大正2(1913)年10月30日に徳島県に生まれた。両親ともに小学校の訓導で、その後、一家は神戸に移り、正晴は神戸第三中学(現長田高校)に入学。その後第三高等学校(京大)時代に詩作をはじめ、文学の道に踏み込んだ。
 卒業後は大阪府庁に勤めたり、京都の出版社に勤めたりしたが昭和19(1944)年に召集。中国大陸に送られ、21年5月に復員した。
 復員後は両親とともに大阪で暮らしながら、小さな出版社につとめ、版画づくりに没頭していた。そんな中、昭和22年10月に「VIKING」を創刊した。富士正晴33歳の誕生月。
 ガリ版刷りで、とじる糸がないため折りたたんだだけの貧弱な創刊号。9人の同人でスタートしている。
 これは富士が戦前出していた同人誌の復活活動でもあった。富士は三高(京大)時代、同窓生の野間宏と桑原静雄とで「三人」と題する詩の同人誌を出していた。戦後、富士正晴はこの「三人」を復刊したいと動いたが、話はまとまらなかった。同人の1人、野間宏はすでに東京におり、21年には「暗い絵」を発表して戦後第一世代のトップランナーに躍り出ようとしていた。
 一方の富士は、「三人」時代に知り合った詩人・伊東静雄を通して関西で新しい仲間と知り合っていた。創刊時の同人には島尾敏雄、林富士馬、齊田昭吉、そして富士の弟で医師の富士正夫らの名前が並んでいる。創刊号は早速中央で注目された。が、これは同時に、同人誌自体がもつ波乱を運んできた。   =(2)に続く
石野伸子
産経新聞特別記者兼編集委員。生活面記者として長らく大阪の衣食住を取材。生活実感にもとづき自分の足と感性で発見したホンネコラムをつづるのを信条としている。
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