【衝撃事件の核心】歓楽街のど真ん中に白骨遺体、誰にも気づかれなかった男性の孤独死 - 産経ニュース

【衝撃事件の核心】歓楽街のど真ん中に白骨遺体、誰にも気づかれなかった男性の孤独死

 都会のど真ん中で人知れず息絶え、しかも2年間も野ざらしにされていた。昼夜を問わず人の往来が絶えない大阪・ミナミ。目抜き通りの御堂筋と交差し、1日数万台が行き交う千日前通りの中央分離帯で5月、白骨遺体が見つかった。アーチ状の柵がドライバーの目を遮り、清掃ボランティアが歩いて近づくまで、そこで人が死んでいることにだれ一人、気づかなかった。遺体は中高年の男性とみられ、ホームレスが行き倒れた可能性がある。西日本最大の歓楽街で起きた孤独死-。男性はなぜ、長期にわたって発見されなかったのか。
「大きなごみかと…」
 大阪ミナミのシンボルともいえるグリコの看板。そこから200メートルしか離れていない。当時はゴールデンウイークで、インバウンドの観光客らも大勢いた。
 「最初は大きなごみがあると思ったが、近づくと人骨だった」
 5月1日夕、清掃ボランティアをしていたフィリピン人の40代男性が遺体を発見し、興奮した様子で大阪府警南署に駆け込んだ。
 同署によると、遺体は中央分離帯にあるアーチ状の柵(高さ1メートル超)の内側に横たわっていた。骨の下には段ボールが敷かれ、近くには傷んだ衣服や靴、空の弁当箱や空き缶、コミック本などがあり、寝泊まりしていた形跡がみられた。
 司法解剖の結果、遺体は50~70代男性で、死後約2年が経過していることが分かった。骨折などの目立った外傷はなく、事件性はうかがえなかった。
遺体が見つかった千日前通の中央分離帯。付近は昼夜を問わず人や車が行き交っている=大阪市中央区難波
 現場の千日前通りは1日数万台の車が通行するとみられる。捜査関係者は「車の排ガスもあるし、遺体が腐敗しても異臭に気づく人はいなかったのだろう」と推測した。
元の特定は難航
 千日前通りの上には阪神高速が走っている。遺体が見つかった中央分離帯は高速道路の支柱の根本付近だった。分離帯はアーチ状の金属柵で覆われ、内側に成人が出入りできる程度の隙間があった。
 道路を管理する大阪市建設局によると、柵は平成8年ごろ、高架下の景観整備を目的に設置された。それ以前は高さ約1・8メートルのフェンスがあったが、担当者は「暗い印象で見栄えも良くないので、デザイン性のある柵にした」と話す。清掃は市の委託業者と市環境局がそれぞれ年に数回実施しているというが、遺体には気づかなかった。
 アーチ内部に人が入り込み、生活拠点になることはもちろん想定していない。市の巡回で、ホームレスが雨風をしのいで寝泊まりしているのが見つかることもあるが、その場合は「適正利用」を呼びかけて移動してもらうという。担当者は「なぜ今回のようなことが起きたのか。原因が分かれば対策を考えたい」と答えた。
 遺体について、府警はDNA鑑定や歯形などで身元の特定を進めているが、難航しているという。
アーチ状の柵には、阪神高速の支柱付近から人が入り込める隙間があった=大阪市中央区難波
「行旅死亡人」に?
 「引き取り手のない遺体は、最終的に大阪市設南霊園(同市阿倍野区)の無縁堂に合祀されます」。同市環境局の担当者はそう説明する。
 同市などによると、身元が判明せず、親族などの引き取り手のない遺体は「行旅(こうりょ)死亡人」として扱われ、官報に遺体の特徴や発見状況、所持品などが記載される。行き倒れや自殺などで、身元を特定できないケースが大半だという。
 大阪市の場合、地元区役所が葬儀業者を手配し、火葬した後に市立斎場で遺骨が保管される。1年間引き取り手がなければ、南霊園の無縁堂に合祀される。火葬などの費用は都道府県が負担することになっている。
 無縁堂では毎年9月、遺骨を納める際に慰霊祭を実施し、市の生活保護担当部署の幹部らが追悼の言葉を述べて献花を行っている。
 一般市民も毎年20人ほど参列するといい、斎場グループの職員は「遺骨は個別に納めていないので、誰の遺骨か分からなくなる。納められた後に身元が分かった人の家族が参列することもある」と話した。
 同グループによると、無縁堂に納められたのは、昨期(平成28年9月~29年8月)が27人で、その前の期までの4期は49~75人だった。
 南霊園は明治7年に民間が開設し、40年に市が買収した。いつ無縁堂が設置されたのかは定かではないが、昭和37年以降の記録では、少なくとも約3万9千人がここに眠っている。
歓楽街の孤独死
 大都会の中心地で、死後2年たって見つかった男性が、行旅死亡人となるかどうかは、現時点ではまだ分からない。
 ある捜査関係者は「遺体があった場所は外部から見えにくく、通行人からも気づかれにくい。周囲には飲食店も多いので食べ物に困らない一方、公園のように、からまれたりトラブルに巻き込まれたりする可能性も少ない。そういう意味では、男性にとって安息の地だったのかもしれない」と分析し、こう嘆息した。「まさに歓楽街の孤独死。2年間も放置されたままだったのは非常に不憫だ」
男性が生活していたとみられるアーチ状の柵の内部。大通りに面していて車通りが絶えない=大阪市中央区難波