「ドラマは8対7の乱打戦、映画は1対1の投手戦!」鶴橋康夫監督が語る映画&ドラマ論

銀幕裏の声
映画、テレビドラマ論を野球に例えながら語る鶴橋康夫監督

 「野球の試合に例えるなら、テレビドラマは8対7の乱打戦。映画は1対1の投手戦」。元読売テレビの名演出家として数々のドラマを手掛けてきた鶴橋康夫監督がメガホンを執った新作の時代劇映画「のみとり侍」が5月18日から全国で公開された。冒頭の言葉は長年、ドラマと映画の両方の撮影現場で指揮を執り続けてきた中で得た鶴橋監督の持論。新作時代劇への思いとともに、映画とドラマに対する考え方を聞いた。

  (戸津井康之)

■構想30年

 新作「のみとり侍」は鶴橋監督にとって、「愛の流刑地」(平成19年)、「源氏物語 千年の謎」(23年)、「後妻業の女」(28年)に続いて4本目となる映画。だが、最初に構想したのは、実に30年以上前にさかのぼる…。

 舞台は江戸時代中期。越後長岡藩の勘定方、寛之進(ひろのしん、阿部寛)は、真面目(まじめ)な性格が災いし、歌会の席で藩主が詠んだ歌を盗作だと素直に進言してしまい左遷される。左遷先は貧乏長屋の“猫の蚤(のみ)とり屋”。蚤とりとは表稼業で、裏稼業は男娼だった。同じ頃、妻に浮気がばれ、小間物問屋を追い出され、蚤とり屋へ来た“遊び人”清兵衛(せいべえ、豊川悦司)を寛之進は師と仰ぎ、遊び人の技を伝授してほしい、と頼むが…。

■現代に通じる時代劇

 鶴橋監督は昭和15年、新潟県生まれ。幼い頃から映画が好きで、なかでも黒澤明監督に憧れていたという。「中学生時代に見た黒澤監督の『七人の侍』に衝撃を受け、映像の道へ進もう」と決意。大学卒業後、37年、読売テレビに入社。演出家として、浅丘ルリ子主演のサスペンス「新車の中の女」(51年)や、天童荒太原作のミステリー「永遠の仔」(平成12年)、白川道原作の「天国への階段」(14年)など数々の傑作ドラマを手掛けてきた。

 30~40代となり演出家として脂が乗ってきた頃、書店で手にしたのが、歴史小説家、小松重男の短編小説集「蚤とり侍」だった。

 「志村喬、宮口精二、千秋実、加東大介…。中学生の頃に『七人の侍』に憧れ、30~40代になって自分がその出演者たちをドラマで演出するようになっていた頃。時代劇を撮りたいと強く思い始めた時期でもありました」

 小説で描かれる越後長岡藩は、原作者の小松と鶴橋監督にとっての故郷・新潟県だ。

 「藩主に仕える侍たちの不条理な生きざまは、現代の会社組織や社会にも通じる」と信じ、脚本を書いたが、ドラマ化や映画化のチャンスはずっとめぐってこなかった…。

 それだけに30年以上を経て完成した映画「のみとり侍」からは、鶴橋監督が30代の頃に抱いていた創作へ懸けるたぎる思いが沸々とにじみ出る。ただ、キャリアを積み、間もなく80代を迎えるベテラン監督らしく、喜劇の中に現代社会を痛烈に風刺したメッセージが込められている。

 劇中、落語家の桂文枝演じる江戸幕府老中の田沼意次が、重要な役どころで登場する。

 「意次の経済政策は当時の日本経済を活性化させるが、一方で、贈収賄など金権政治も生み出した。まるで、今の日本を見るようでしょう」と鶴橋監督は笑い、こう続けた。

 「小松さんが書いたテーマは、今でも決して古くさくなく普遍です。逆に今の時代だからこそ、映画化する意義があると思います」

■配役の妙味

 ドラマ、映画の両分野に精通するベテラン監督ならではの興味深いキャスティングも、鶴橋作品の大きな魅力だ。

 今作で、日本映画界を牽引(けんいん)する俳優、阿部と豊川の“大型タッグ”を実現させたのも鶴橋監督。2人の共演は映画「ハサミ男」以来、13年ぶりだ。鶴橋&豊川コンビは映画「愛の流刑地」、「後妻業の女」に次いで3作目。鶴橋&阿部のコンビはドラマ「天国と地獄」(平成19年)に次いで11年ぶりとなる。

 「阿部さんは真面目(まじめ)過ぎる寛之進そのもの。豊川さんは他人のために自己を滅する清兵衛そのものだったから…」と鶴橋監督は2人を抜擢(ばってき)した理由を語った。

 阿部、豊川コンビと鶴橋組の常連女優、大竹しのぶ、寺島しのぶの共演も見どころだ。寺島は「愛の流刑地」に、大竹は「後妻業の女」にそれぞれ出演し、鶴橋監督の演出を知り尽くした仲。 

 また、約30年前にすでに鶴橋監督が決めていたという配役も実現した。ベテラン俳優の風間杜夫と大竹しのぶ。2人の重鎮が、阿部演じる寛之進と豊川演じる清兵衛らを雇う人情味あふれる蚤とり屋の主人と、その妻をコミカルに熱演する。

 「当時は2人ともまだ若かったから、そのときは、小さな貧乏蚤とり屋を構想していたのですが、だいぶ年を取りましたからね。30年以上前に想定したよりも、商売が繁盛している大規模な蚤とり屋になりました」と鶴橋監督は笑いながら語った。

■乱打戦と投手戦!?

 テレビドラマの名匠として知られる鶴橋監督。ドラマと映画の演出はどう違うのだろうか?

 毎週1回放送される連続ドラマは通常、ワンクール(約3カ月)で計11~12本を撮影する。

 「ドラマは長丁場で、その間、視聴者をずっと飽きさせずに惹(ひ)きつけなければいけない。だから、野球に例えると8対7の乱打戦。ホームランありエラーありで、見せ場を作り盛り上げる演出が求められます」

 一方、映画はどうか。

 「野球でいえば、8回までヒットが1本も出ない、息詰まる緊張感に満ちた投手戦のような演出が求められます」

 視聴率が求められるドラマ、ヒットしなければその先のチャンスがない映画…。両方の修羅場で指揮を執ってきたベテラン監督ならではの解説だ。

■“のみとり”の次は“骨とり”?

 23歳でテレビ演出家としてデビュー。78歳の今も第一線を走り続けているが、決して順風満帆だったわけではないという。

 名演出家の名をほしいままにしながらも、公開まで構想30年を費やした「のみとり侍」が、ものづくりの苦しみ、苦闘の一端を物語っているかもしれない。

 「後妻業の女」のヒットで、次の企画の話が持ち上がり、そこで、鶴橋監督が満を持して提案したのが、「のみとり侍」だったのだから…。

 また、鶴橋監督は「のみとり侍」では脚本も担当しているが、決定稿は29稿目。完成まで29回も脚本を書き直している。

 「プロデューサーたちからいろいろな要求が出されるんですよ。その度に何度も書き直しを求められ、結局、完成まで29回書いたということですね」と苦笑した。

 今作は小松の短編3本を1本の長編映画として製作しているが、「実はもう1本、面白い短編が残っているんですよ」

 その1本とは「骨とり侍」。藩主の食事の魚の骨をとりのぞくことを生(なり)業(わい)とする侍が主人公だ。

 「魚の骨が残っていると打ち首にされる侍を描いた不条理な物語なんです」と鶴橋監督。ぜひ、続編として映画化してほしい。