【衝撃事件の核心】瀕死の妻に寄り添う悲劇の夫が一転…水難偽装殺人の計画と破綻 - 産経ニュース

【衝撃事件の核心】瀕死の妻に寄り添う悲劇の夫が一転…水難偽装殺人の計画と破綻

野田志帆さんがシュノーケリングなどをしていた海水浴場付近の岩場=和歌山県白浜町
野田志帆さん(フェイスブックから)
 純白のウエディングドレスとタキシードに身を包んだ若い新郎新婦は、万雷の拍手が鳴り響くチャペルで仲むつまじげに寄り添い、ときに顔を見合わせてほほえみ合っていた。この後、わずか2年足らずで新婦が不審死を遂げ、さらに新郎に妻殺害の容疑がかけられるとは、どの参列客も想像すらできなかったに違いない。
 関西屈指の観光地として名高い和歌山・白浜の海水浴場で昨年7月、大阪市の自動車運転手、野田孝史被告(29)が、妻の志帆さん=当時(28)=を水難事故に見せかけて殺害したとされる事件は結婚式から間もない妻を亡くした「悲劇の夫」が一転、和歌山県警に殺人容疑で逮捕され、同罪で起訴されるという衝撃的な顛末(てんまつ)をたどった。「28歳で子供を産みたい」。そんな希望を周囲に語っていた志帆さん。だが、捜査関係者によると、孝史被告は志帆さんの思いをよそに結婚から1年も経たないうちに家を頻繁に空けるようになったという。新妻の思いを踏みにじった夫の「背信」とは。
悲劇の夫
 昨年7月18日、和歌山県田辺市の病院の一室。ベッドの上で意識を失ったままの志帆さんから片時も離れない孝史被告の姿があった。「きれいだよ、きれいだよ」。孝史被告は物言わぬ志帆さんの顔を何度もなで、語りかけていた。
 この数時間前、志帆さんは孝史被告とともに白浜町の臨海浦海水浴場を訪れていた。同海水浴場は、シュノーケリングやスキューバダイビングなどのマリンスポーツが楽しめるスポット。近畿有数の海水浴客が訪れる「白良浜(しららはま)」に比べると、人出が少ない「穴場」でもある。2人はこの日午後1時半ごろから、海水浴場付近の岩場でシュノーケリングを楽しんでいた。
 事態が急変したのは夕暮れだ。「妻が溺れている」。孝史被告に助けを求められた監視員はすぐに119番。まもなく救急隊が駆けつけ、志帆さんは心肺停止の状態で田辺市内の病院に救急搬送された。だが、意識を回復することなく、2日後の20日に低酸素脳症のために死亡。挙式からはまだ、2年も経過していなかった。
 ベッドに横たわる志帆さんに寄り添う孝史被告は、多くの人には新妻を失った悲劇の夫に映っていただろう。だが、事件の発生当初から県警は疑惑のまなざしを向けていた。
 志帆さんはもともと、スキューバダイビングのライセンスを保持するほど泳ぎが得意だった上、現場は水深が浅い岩場だった。また、突然意識を失うような病歴もなかった。さらに、志帆さんの体内からは水難事故としては異例なほど多量の砂が検出された。これも疑問を抱いた点だ。「こんな場所で溺れるはずはない。志帆さんは殺害されたのではないか」。捜査員たちはそんな思いを深めていった。
多量の砂
 昨秋、東日本のある地方大学で県警の捜査員が水難事故の研究者と向き合っていた。捜査員は、志帆さんの体内から検出された砂についての見解を尋ねた。「大津波などの特殊な災害に巻き込まれない限り、これほどの砂を飲み込むのは考えにくい」。この研究者の証言こそ、求めていた答えだった。
 早い段階から孝史被告を疑っていた県警だが、殺害と結びつける直接的な証拠はあまりにも不足していた。志帆さんの体には目立った外傷はなく、凶器も見つかってはいない。そんな中で手がかりになったのが、海水と混じって検出されたこの砂だった。
 司法解剖にあたった解剖医は、志帆さんが浅瀬で何者かに体を押さえつけられ、その際に抵抗して巻き上がった海底の砂を海水とともに飲み込んだ、と推測した。
 県警はこうした証言を丹念に積み重ね、志帆さんの死亡は他殺以外になく、現場の状況などから孝史被告以外が関与することはあり得ない、という結論を導き出した。
重ねられた背信
 一方、動機の面でも孝史被告には疑惑が向けられていた。捜査関係者によると、孝史被告は事件発生1年前の28年の夏ごろ、大阪府内に住む20代女性と出会い、男女関係になった。さらに翌29年1月ごろから、志帆さんに「出張」と偽り、夫婦が暮らしていた大阪市旭区の自宅マンションを空けて女性宅に入り浸るようになった。
 「夫は優秀な営業マン。忙しいのでほとんど家に帰ってこない」。大阪府大東市のドッグカフェに勤務していた志帆さんは職場でこう語り、孝史被告を疑うそぶりもなかったという。だが、そんな思いをよそに、孝史被告のスマートフォンには「完全犯罪海水浴」「殺人海水浴溺れさす」などの文言をインターネットで検索した履歴が残されていた。捜査関係者は「女性との交際が深まったことで計画的にネットで情報を集め、志帆さんの殺害を考えるようになったのでは」とみる。
 5月には女性の妊娠が判明し、孝史被告はその後、女性を連れて大阪府枚方市で行われた住宅見学会に出席。記入した希望する物件のアンケートには、近く出産予定であることや、予算は3千万円程度であることが記載されていた。
 孝史被告を受取人として志帆さんに3千万円の生命保険が掛けられたのはその直後だった。生命保険は孝史被告のスマートフォンを通じてインターネット上で契約されており、県警は孝史被告が保険金を住宅購入資金にあてようとした可能性があるとみている。
 事態はこの後、急転する。6月には志帆さんが孝史被告と女性が一緒に写った写真付きシールを見つけ、2人の交際が明るみに。志帆さんの勤務先の同僚女性(23)によると、このころ志帆さんは急にやせ始め、体調を崩すようになった。職場では気丈にふるまっていたが、店の隅で涙を流していることもあったという。
 まもなく夫婦関係は破綻し、志帆さんは実家に帰った。しかし孝史被告は実家を訪れ、関係の修復を懇願したという。ところがその一方で、女性には「妻とは離婚する」と説明し、誓約書まで交わしていた。
 そんな夫の「背信」を知るよしもない志帆さんは、執拗(しつよう)に復縁を求める孝史被告に応じ、7月17日に自宅マンションに戻った。そして翌日、事件現場となった白浜を一緒に訪れることに。ここは2人が毎年旅行で訪れていた特別な場所でもあった。
 県警は、孝史被告を昨年12月、殺人事件の捜査の過程で発覚した窃盗容疑で逮捕し、今年4月、志帆さんへの殺人容疑での再逮捕に踏み切った。取り調べに孝史被告は黙秘を続けており、真相究明の舞台は今後、法廷に移る。
 2年余り前、大阪市内で催された孝史被告と志帆さんの結婚式では、ディズニー映画「ムーラン」の主題歌「リフレクション」が流されていた。この曲で米国の女性歌手、クリスティーナ・アギレラは、「If I wear a mask I can fool the world(仮面をかぶっていれば、世の中を欺ける)」と歌う。孝司被告が志帆さんに見せていたのは仮面をかぶった顔だったとすれば、その素顔は法廷で明らかになるのだろうか。