「事故忘れず安全誓う」信楽高原鉄道事故27年 関鉄道係者らが再発防止へ誓い

 
信楽高原鉄道の列車衝突事故の現場近くで営まれた追悼法要で、献花する人たち=滋賀県甲賀市信楽町黄瀬

 滋賀県甲賀市信楽町黄瀬で14日、営まれた信楽高原鉄道(SKR)列車衝突事故の追悼法要。遺族を代表し、事故の悲惨さと再発防止を訴え続けてきた吉崎俊三さん=兵庫県宝塚市=が今月2日に死去、参列した遺族も数人にとどまった。「事故の当事者として、決して忘れず安全を誓い続ける」。事故の記憶が薄れていく中、SKRやJR西日本の関係者らからは、自戒を込めた言葉が相次いだ。

 法要後、SKRの正木仙治郎社長は、「27年の歳月がたったが、昨日のことのように思っている。安全な社会のために努力していかなければならない」と述べ、「遺族の参列者も高齢になっている。私たちが事故を風化させないという気持ちを新たにしていきたい」と誓った。

 JR西の来(き)島(じま)達夫社長は追悼の言葉の中で、昨年同社が起こした新幹線の台車に亀裂が入った状態で走行した重大インシデントについて触れ、「安全の取り組みに足らない部分があった。事故の教訓を生かせていないことに申し訳ない思いでいっぱい」と謝罪。

 その上で「何年たとうが絶対に忘れてはならないこと。引き続き信楽の地で、事故が起こった事実を決して忘れず安全を誓い続けていきたい」と述べた。

 法要には他の事故遺族らも参列し、それぞれの思いを語った。

 亡くなった吉崎さんに代わり法要であいさつした明石歩道橋事故遺族の下村誠治さん(59)=神戸市垂水区=は、「鉄道会社は安全安心な世の中になるよう努めてほしい。事故が起きたら調査をし、それに基づいてしっかりとした再発防止を打つことが重要だ」と話した。

 JR福知山線脱線事故で長女を亡くした藤崎光子さん(78)=大阪市城東区=は「信楽高原鉄道事故の教訓をJR西が学んでいたら、(福知山のような)事故は起きていなかった。私たちのような遺族と呼ばれる人間をこれ以上つくらないでほしい」と訴えた。

 事故は平成3年5月14日、小野谷信号場-紫香楽宮跡駅間で、SKRの上り列車と乗り入れたJR西の下り臨時列車が正面衝突。乗客ら42人が死亡、600人以上が重軽傷を負った。

 遺族らが専門の調査機関設置を求めたことがきっかけとなり、13年に国土交通省航空・鉄道事故調査委員会(現運輸安全委員会)が発足した。