世界遺産・吉野の神社に和風モダンのお茶屋 なぜ短期間で規制をクリアできたのか

関西の議論
ゆったりとくつろぎながら、吉野山の景色を見ることができる「一目千本茶屋」=奈良県吉野町

 観光客誘致のための文化財の活用が地方活性化の切り札として期待される一方、規制や許可申請の煩雑さから断念されてしまうケースも少なくない。そんな中、奈良県吉野町で4月、民間企業による文化財の活用を目玉にした観光ツアーが実施された。規制をクリアし、世界遺産の神社境内に茶屋を建てるという大胆な取り組みを短期間で成し遂げた秘訣(ひけつ)はどこにあったのか。(桑島浩任)

桜頼みの観光事情

 全国屈指の桜の名所として知られる吉野山。約3万本の桜が山の麓から順に咲いていくため、4月上旬から下旬にかけて花見を楽しめるのも大きな魅力だ。一方で、観桜期を外れれば訪れる人はめっきり減り、年間の観光客数の半分近くが花見シーズンに集中する“桜頼み”の状況となっている。

 今年はそこに春先の気温上昇という気象条件が直撃した。3月末に麓で見頃を迎えたかと思うと、桜前線は一気に山を駆け上り、4月13日には山頂も葉桜に。平成元年以降で最も早いシーズン終了は、観光客数に大きく影響したとみられる。

 吉野山や周辺の社寺を含む「紀伊山地の霊場と参詣道」は世界遺産に登録されており、多くの観光資源を有している。代表的な存在が吉水(よしみず)神社だ。後醍醐天皇や源義経、豊臣秀吉らと縁があり、関連する品々も多数残されている。歴史好きにはたまらない穴場だ。ところが、先述の通り観光客は桜頼みで、地域のそうした魅力が十分に生かされていない。

 そんな現状に目をつけたのが、観光事業などに取り組む株式会社「紀伊ふるさと創生研究開発機構」(和歌山市)だ。同社は、大阪府泉佐野市のりんくうタウンから吉野までヘリで直行し、秀吉が体験した花見を再現するツアーを企画しているが、そこでの目玉の一つが吉水神社の老朽化した小屋を改修した茶屋での茶会だ。

自然と景観への配慮

 吉水神社の境内は「一目千本(ひとめせんぼん)」と称される桜の絶景を堪能できる観賞スポット。その一角にある小屋は築20年以上をへて老朽化が進み、長らく放置されたままだった。そこで同社は昨年11月、佐藤一彦宮司の「この小屋を使ってはどうか」との提案を受け、茶屋への改修に着手。4カ月かけて完成させ、「一目千本茶屋」と名付けた。

 吉水神社のある吉野山は大正13年に国の名勝・史跡、昭和11年に吉野熊野国立公園に指定されている。敷地内の現状を変更するには、埋蔵文化財や景観を保護するため文化財保護法と自然公園法の双方に基づく許可が必要だ。掘削や伐採による大規模な工事に着手する場合は、文化庁と環境省がそれぞれ審査し、許可を得るまでに1年以上かかることもある。

 今回のケースでは、どう規制をクリアしたのか。申請を担当した同社の関連会社の永留君明(ながとめ・きみあき)事業プロデューサーは「自然や景観に配慮し、元の状態に戻せる改修計画を立てたことが、スピーディーな許可につながった」と話す。

 文化財保護法は市町村の教育委員会、自然公園法は各地区の地方環境事務所などに、軽微な変更であれば許可を出せるよう権限が委譲されている。雨漏りの修理などに何カ月も待つような事態を避けるためだ。

 吉野町教委の担当者は「(小屋の改修は)掘削や伐採を伴わず、景観を改善するためだったので、町の権限で許可を出すことができた」と説明。文化財の保護に留意した計画であることが速やかな判断を後押ししたようだ。

古い小屋を生かす

 小屋の改修は京都市の作庭家(さくていか)、松浦剛さん(50)が手がけた。崖のそばに建っている小屋の安全性に配慮し、周囲の木に耐荷重1トンのワイヤを16本張って建物を固定。さらに屋内の柱を従来の3倍の18本に増やして補強した。

 トタン張りだった外観は、吉野材を張り直して周囲の景観と調和させ、内装も杉皮和紙を使って落ち着いた雰囲気に仕上げた。「どの季節でも景色がきれいに見えるように意識した」と松浦さん。

 漆塗りで赤みがかった柱も、景色を邪魔しないよう計算して配置されている。自然公園法に配慮し、木の伐採は一切せず、元々あった小屋を生かして完成させた。

吉野町も協力

 同社は、改修に数百万円を投じた茶屋を吉水神社に寄進。社が誕生して1年にも満たないが、吉野に新たな観光資源を根付かせるべく、初年度は赤字覚悟で活動している。

 一方、吉野町も今回のツアーのために、かつて木材搬出に使用していたヘリポートを整備し、ツアーヘリの発着場として使用許可を出すなど協力。今回のケースは、官民が互いの専門分野を生かしてうまく連携した格好で、永留さんは「吉野を観光で盛り上げようという、われわれの目的に町が賛同し、住民の理解が得られたことが大きい」と話す。

 茶屋は今後、イベントなどで随時活用される予定。北岡篤町長は「(観光で)今までにない層を取り込める可能性がある。町としても、より良いおもてなしにつなげていきたい」と話す。

 文化財の活用を推進する文化財保護法改正案が今国会に提出された。今後、文化財を生かした地域振興がますます盛んになるとみられるが、うまく官民が連携した今回の吉野のケースは他地域の参考にもなりそうだ。