【銀幕裏の声】「仁義なき戦い」の熱さをもう一度 東映が久々に仕掛ける任侠映画「孤狼の血」(上) - 産経ニュース

【銀幕裏の声】「仁義なき戦い」の熱さをもう一度 東映が久々に仕掛ける任侠映画「孤狼の血」(上)

映画「孤狼の血」のワンシーン。港町・呉の情景が印象的だ (C)2018「孤狼の血」製作委員会
「映画『孤狼の血』は小説の続編にも影響を与えた」と原作者の柚月さんは語る
 「警察じゃけえ、何をしてもええんじゃ!」。こんな物騒な広島の呉弁で凄(すご)む主人公の悪徳刑事、大上章吾を名優、役所広司が熱演する映画「孤狼の血」が5月12日封切られる。「かつて男たちが熱狂した任(にん)侠(きょう)映画『仁義なき戦い』(昭和48年)のような映画がなぜ今の日本にないのか? 一緒に撮りませんか」。白石和彌監督はこんな言葉で役所を口説いたという。何度も広島県呉市を訪れ、63年当時、この街に流れていた“熱い空気”を活字で甦(よみがえ)らせた原作者の柚月裕子さんは言う。「目指したのは『仁義なき戦い』のような男の世界です」と。東映久々の本格任侠映画の製作秘話を白石監督、柚月さんの2人に聞いた。  (戸津井康之)
「仁義なき世界」超えを目指して
 「近年、“抗争劇”を描いた映画はほとんど当たらない。でもこの小説の映画化は東映以外にはできない。では今の日本で誰になら監督を任せられるか?」
 東映プロデューサーたちが選んだのが、白石監督だった。
 その抜擢(ばってき)の大きな理由と決め手は、「今の日本映画界で、あらゆるリミッター(制約)をはずせる監督は白石監督しかいない」だった。
 白石監督は「日本で一番悪い奴ら」(平成28年)で、北海道警の不祥事を赤裸々に映像化した。権力腐敗を暴く-という近年、日本映画が避け続けてきた硬派なテーマに斬り込みながら、エンターテインメント大作として両立させた手腕が買われたのだ。
 「声をかけられ、正直、私でいいのかと思ったが、うれしかったです。監督冥利に尽きます。深作欣二監督と脚本家の笠原和夫さんが作り上げた『仁義なき戦い』のような熱いエネルギーを持つ映画を、ずっと撮りたいと思ってきましたから」と白石監督は言う。
“焼け野原”からのメッセージ
 映画の舞台は、63年当時の呉市をモデルにした架空の市「呉(くれ)原(はら)」。広島県警の暴力団担当のベテラン刑事、大上(役所)と広島大卒の新米刑事、日岡(松坂桃李)は、暴力団傘下の金融会社社員の失踪事件を追っていた。だが、この事件を機に暴力団抗争が勃発。手段を選ばない大上の“違法捜査”が次第にエスカレートしていく…
 柚月さんが「孤狼の血」を執筆する際、強く意識したのが、「仁義なき戦い」、そして「県警対組織暴力」(50年)など深作監督の任侠映画だったという。
 「小説『孤狼の血』を書く前に、映画の舞台となった広島を自分の目で見ておく必要がありました。実際に訪れ、その空気に触れていくうちに、やはり『孤狼の血』の舞台は広島しかないと確信しました。決め手は“広島の街、広島の人が持つ熱さ”でした」と柚月さんは打ち明ける。
 このとき、柚月さんは広島平和記念資料館も訪ねている。
 「資料館から一歩外へ出ると、街は華やぎ、笑顔の市民がいました。けれど、そのときこう思いました。何もない焼け野原からここまで築きあげるのに広島の人たちは、いったいどれほどのつらさを乗り越え、涙を流しただろうか…と。その強さ、エネルギーを想像したとき、人が生きるために必要なものが広島には凝縮されていると感じた。そのとき、小説のテーマと重なったんです」
 小説となり、それが映画化され、何年にもわたり、多くの人々の心を揺さぶり続ける「孤狼の血」。
 その歴史はこうして始まった。
    =つづく