【鉄道ファン必見】“花形”SL・特急には見向きもせず…1960年代「地方鉄道の記憶」写真集出版 - 産経ニュース

【鉄道ファン必見】“花形”SL・特急には見向きもせず…1960年代「地方鉄道の記憶」写真集出版

 ぬかるみに足を取られるようなでこぼこ道の脇をゆっくりと駅へと向かう小さな列車。荷台に自転車を積み発車を待つ小さな気動車…。
ぬかるみ道路を走るトラックに泥をはねられながら追い抜かれる秋田中央交通軌道線の列車 昭和41年3月(上巻より)
 高度成長期にさしかかった1960年代。迫力の大型SLや特急列車といった花形には目もくれず、地方鉄道を追いかけ、記録してきた鉄道好きの学生がいた。
 当時は詳細な情報がほとんどなく、時刻表に掲載されている地方鉄道の接続駅に宿代わりの夜行列車で向かい夜明けを待つ。早朝の列車で終点へ。車中から撮影場所を探索、目をつけた場所で下車して歩いた。
正月の挨拶回りや買い物客で満員になった福島県の日本硫黄沼尻鉄道の列車は途中駅で客車を増結。駅員や地元の子供たちが手押しで客車を移動させた 昭和39年1月(上巻より)
 線路の先にある新たな発見を求める旅。切符は東北、北陸、山陰、九州など地域を自由に行き来できる「周遊券」の学割。その当時、宿や交通費を節約する学生ならではの旅の手法だが、夜行列車も周遊券も今や「絶滅危惧種」である。
 昭和37年、風間克美さんは大学入学時に手にしたカメラを使い、仲間3人と地方私鉄巡りの旅を始めた。画一化された国鉄線と異なるその土地の自然や生活に結びついた独自の雰囲気を詳細に記録、撮影してきた。およそ100路線を訪ね歩いた旅の記録ノートと撮影フィルムが今回の写真集の元になった。
昭和41年12月に撮影された福島交通軌道線が表紙の「地方鉄道1960年代の回想」上巻 東日本の地方私鉄14路線が記録されている
 しかし卒業後機械メーカーに就職、忙しさから徐々に地方私鉄巡りから遠ざかってしまったが、退職後の平成18年、撮りためたネガを見直し写真展を開催。その頃急速に発展したデジタル化で、ネガスキャンデータを作成した。
 詳細なデータからは撮影当時は気づかなかった地方鉄道の姿も見えてきた。そして22年から「地方鉄道1960年代の回想」のタイトルでブログを発信。1200を超えるエントリーで多くの鉄道ファンの目に触れることとなった。50年前アナログ手法で記録した情報がデジタル技術の普及によって押し入れの奥から見いだされた。
 その作品がアナログ媒体の写真集としてOFFICE NATORIから出版。東日本の14路線の上巻と北信越から西日本18路線を収録した下巻の二分冊が刊行された。
国鉄東岡山駅と接続する西大寺鉄道財田駅で停車中の気動車。荷台には自転車が積まれている 昭和37年7月(下巻より)
 1960年代前半は沿線道路も未舗装で併走する自動車も少なく、まだまだ元気な地方鉄道が多かったが、東京五輪開催、東海道新幹線が開通する頃になると道路も整備され、バスやトラックに取って代わられ、廃止路線が増えてゆく。取り上げた32路線のうち、現在営業路線として健在なのはわずか3路線になってしまった。
部分廃止を数日後に控えた新潟県の頸城鉄道浦川原駅の待合室。 昭和40年代に入り地方私鉄は道路整備や自動車の普及で一気に衰退した。 昭和43年8月(下巻より)
昭和44年5月に撮影された岡山県の玉野市営電気鉄道が表紙の「地方鉄道1960年代の回想」下巻 主に西日本の地方私鉄18路線が記録されている
 風間さんは1960年代はそれまで受け継がれていた日本の暮らしの風景が一変する10年だったと回想している。写真集に登場する七夕祭りの露天商や着物姿の乗客、線路脇で犬と戯れる子供など、地方私鉄とその周辺をめぐる絶妙な空気感を記録した写真を通じて失われゆく「日本の風情」を感じてもらいたい。
(奥清博)
 風間克美(Katsumi Kazama) 昭和18(1943)年東京生まれ 学生時代から鉄道写真を撮影 平成17年機械メーカーを定年退職し翌年写真展「懐かしき軽便鉄道」を開催。22年から人気ブログ「地方鉄道1960年代の回想」を公開。
 (地方鉄道1960年代の回想 上下巻 各巻2800円 発行・OFFICE NATORI 発売・電気車研究会)