終電にしがみついたサラリーマン、電車止め現行犯逮捕…小さくない深酒の代償

衝撃事件の核心

 新年度を迎えたばかりのある日の未明、JR三ノ宮駅(神戸市)のホームで、飲酒帰りの会社員の男(44)が発進する電車にしがみつき緊急停車させる騒動が起きた。男は兵庫県明石市に住み、これが自宅方向への最終電車。駅員の制止にも離れようとせず、駆けつけた警察官に現行犯逮捕され、あきれた理由を吐露した。ただ、こうした酔客のトラブルは全国で後を絶たない。鉄道各社にも抜本的な対策がないのが現状で、専門家は「利用者側もマナーを考える必要がある」と指摘する。(土屋宏剛)

7メートル走行し緊急停車

 4月3日午前1時6分、JR三ノ宮駅の3番ホームから西明石行き普通電車(7両編成)が低速で発進し始めた瞬間、ホームに走り込んできた男が3両目のドアにしがみつき、ドアを開けようとし始めた。

 近くにいた駅員が車体から男を離そうとしたが、男が従おうとしないため羽交い締めに。運転手は慌てて緊急停車させ、電車は約7メートル走行して止まった。乗客約700人にけがはなかったが、電車は約20分遅れで三ノ宮駅を出発した。最終電車だったため、その後のダイヤに乱れはなかった。

 男は駅員の通報で駆けつけた兵庫県警機動パトロール隊員に、電車の運行を妨害したとして威力業務妨害容疑で現行犯逮捕された。県警の調べに対し、男は「どうしてもこの電車に乗りたかった。最終電車だったので乗らないと帰れなかった」と話したという。

 県警によると、男からは呼気1リットル中0・38ミリのアルコールが検出された。男は仕事帰りに駅周辺で酒を飲み、帰宅するところだった。男は翌4日に釈放されたが、酔いがさめたのか終始頭を下げ、反省した様子だったという。

タクシーなら高額に

 低速とはいえ、すでに発進している電車にしがみついてまで乗車しようとしたのはなぜなのか-。

 約60のタクシー事業者が加盟する兵庫県タクシー事業協同組合によると、JR三ノ宮駅から男の自宅に近いJR西明石駅までタクシーで移動した場合、1万3千円程度の料金がかかるという。同組合の担当者は「深夜だと夜間の割り増し料金もかかる。電車に乗って帰りたいという気持ちも少しは分かる」と話す。

 電車に乗ることができていれば、三ノ宮駅から西明石駅の運賃は460円。タクシーに乗れば30倍近い出費となった計算になる。また、帰宅を諦めて宿泊した場合、三ノ宮駅周辺のビジネスホテルだと1泊6千円以上は必要。一般的なサラリーマンにとっては、どちらの手段を選択しても一晩の深酒の代償としては決して小さくない。

利用者側もマナー必要

 平成13(2001)年、JR新大久保駅(東京都新宿区)で酒に酔った男性がホームから転落。救助しようとした韓国人留学生=当時(26)=とカメラマンの男性=当時(47)=が死亡する悲惨な事故が起きた。

 それ以来、鉄道各社は酔客の危険な駆け込み乗車や視覚障害者らの転落を予防できるホームドアの設置を進めてきた。新大久保駅があるJR山手線ではほとんどの駅でホームドアが導入されている。

 関西圏でもJR西日本がこれまでに大阪駅(大阪市)や六甲道駅(神戸市)など計11駅で設置。阪急電鉄や阪神電鉄も利用者が多い一部駅に導入を予定している。しかし、ホームドアは設置コストが高く、「全ての駅に導入するのは難しい」(JR西担当者)というのが現状だ。

 駅構内での酔客によるトラブルは尽きない。今年1月にはJR逗子駅(神奈川県逗子市)に到着した電車内で酒に酔って寝ていた男が駅員に起こされたことに腹を立て、駅員につばを吐きかけたとして暴行容疑で現行犯逮捕された。

 昨年10月には、京阪電鉄大江橋駅(大阪市)で線路に男性が転落し、電車にはねられて死亡する事故が起きた。この男性も酒を飲んでいたとみられ、駅ホームの防犯カメラにふらつきながら歩く様子が記録されていた。

 自動車の飲酒運転については厳罰化が進む一方、酒気帯び状態での公共交通機関利用についてはルールが設定されていない。鉄道など交通の安全システムに詳しい安部誠治・関西大教授は「多量に飲酒した状態では利用を控えるなど、利用者側もマナーを考える社会にならなければ、酔客によるトラブルをなくすことは難しい」と強調した。