【軍事ワールド】英国王立空軍100周年 ジェダイの騎士も空を飛び最新鋭戦闘機をリポート - 産経ニュース

【軍事ワールド】英国王立空軍100周年 ジェダイの騎士も空を飛び最新鋭戦闘機をリポート

4月1日、スピットファイア戦闘機に乗り込む96歳のアラン・スコット氏(AP)
BoB(英国上空の戦い)で本土防空に活躍した英空軍のスピットファイア戦闘機。搭載していたロールスロイス・マーリンエンジンの高性能ぶりもあり、メッサーシュミットBf109相手に互角以上の戦いを繰り広げた。マーリンは隼の一種のコチョウゲンボウの英名であると同時に、アーサー王物語に登場する最強の魔法使いの名前でもあった(2011年、英ロンドン、岡田敏彦撮影)
英国の空軍博物館では、英本土防衛の頭脳となった戦闘機軍団司令部の作戦室を再現したスペースを設けている。レーダー基地からの報告を受け、スピットファイアやハリケーンといった戦闘機隊を差し向けた(2011年、岡田敏彦撮影)
1960年代に英国空軍向けに試作された超音速爆撃機TSR2(2011年、英コスフォード、岡田敏彦撮影)
第一次大戦末期に英空軍(RAF)が運用したデハビランドDH9A。機首の白い文字は当時英国の植民地だったインドのハイデラバード藩王国の君主(ニザーム)からの献納機であることを示している(2002年、英ロンドン、岡田敏彦撮影)
1928年、イラクのモスル地区上空を飛ぶRAFのウエストランド・ワピティ戦闘機。最高速度は207キロだった(AP)
BoB(英国上空の戦い)で本土防空に活躍した英空軍のスピットファイア戦闘機。搭載していたロールスロイス・マーリンエンジンの高性能ぶりもあり、メッサーシュミットBf109相手に互角以上の戦いを繰り広げた。マーリンは隼の一種のコチョウゲンボウの英名であると同時に、アーサー王物語に登場する最強の魔法使いの名前でもあった(2002年、英ロンドン、岡田敏彦撮影)
BoB(英国上空の戦い)で英空軍のスピットファイアと激戦を繰り広げた独空軍のメッサーシュミットBf109E(2011年、英ロンドン、岡田敏彦撮影)
1938年、パキスタンに展開したRAFのホーカー・ハート軽爆撃機(AP)
第二次大戦後半、ドイツに夜間爆撃をかけた英ランカスター重爆(2011年、英コスフォード、岡田敏彦撮影)
スピットファイアの操縦席。大柄なパイロットにとっては窮屈なほど狭かった(2002年10月、英ロンドン、岡田敏彦撮影)
BoB(英国上空の戦い)で急降下爆撃を行ったJu87スツーカ。ポーランド侵攻などで活躍したが、BoBではスピットファイアの餌食となり多数の損害を出した(2011年、英ロンドン、岡田敏彦撮影)
 日本では新年度の始まりでエープリルフールの話題も盛り上がった4月1日だが、英国では英王立空軍(RAF)創設100周年の記念日。各地でイベントが行われ、BBCが特別番組を放送するなど英マスコミ各社が大きく取り上げた。第二次大戦で祖国防衛の立役者となったRAFは「不屈のジョンブル魂」の象徴として、いまも国民の絶大な支持を得ている。(岡田敏彦)
  21世紀の“騎士”が飛ぶ
 英マスコミは4月1日を中心に、RAFの歴史を振り返る特集を多数掲載。BBC放送は3月下旬、映画「スター・ウォーズ」のエピソード1~3でジェダイの騎士オビ=ワン・ケノービ役を演じたユアン・マクレガー氏を90分特番の主役に抜擢した。ユアン氏の兄コリン・マクレガー氏がRAFの元パイロットという経歴を持つことによる。特番では2人が進行役も兼ねてRAFの100年の歴史を映像とともに振り返った。
 英大衆紙サン(電子版)など現地メディアによると、コリン氏は2007年まで20年間努めたRAF現役時代に戦闘攻撃機トーネードGR4などを操縦していたといい、「家には小さいころからエアフィックス(英国のプラスチック模型メーカー)の飛行機模型がたくさんあった。父親が大の飛行機好きだったからね。子供のころには僕たち兄弟をエアショー(航空祭)に連れて行ってくれた」と、パイロットとしての“ルーツ”を説明。
 番組ではマクレガー兄弟が、騎士の決闘に例えられた第一次大戦時の空中戦で活躍した複葉戦闘機EB-2のレプリカをはじめ、第二次大戦の重爆撃機アブロ・ランカスター、そして「バトル・オブ・ブリテン」(BoB)と称される英国上空の戦いの主役であるスピットファイア戦闘機、戦後の核爆撃機アブロ・バルカン、そして最新鋭戦闘機のユーロファイター・タイフーンなどに搭乗しリポートを行ったほか、かつてRAFで任務を果たした歴戦のパイロットらの声を紹介した。
 また第二次大戦時、男性パイロット不足のため、戦闘機工場から戦闘機を操縦して最前線基地まで運んだフェリー(輸送)部隊の女性パイロットへのインタビューなどでRAFの歩みを振り返った。
 誕生100周年
 記念日前日の31日には前夜祭として首都ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで盛大なコンサートを開催。1日には、エリザベス2世女王が「創立100周年を迎え、国内外の英王立空軍と、その家族や愛するすべての人々に心からお祝いをお贈りします」との祝辞を発表した。国家的なイベントとなった背景には、英空軍が英国のみならず世界の歴史を変えたとの自負がある。
 英国空軍は1918年4月1日、英陸軍航空隊と英海軍航空隊が統合する形で誕生した。
 第一次世界大戦中の1917年夏、ドイツの爆撃機によるロンドン空襲で200人以上が亡くなったことが契機となり、組織的な防空のため陸海軍から独立した組織が必要とされたためだ。当時の国家の軍隊は陸軍と海軍の2本立てが基本で、新たな装備である飛行機は陸海軍ともが自軍に導入していたが、英国はこれを大胆に一本化し、世界初の空軍が誕生した。飛行機を発明したのは米国だが、米空軍の創設は第二次大戦後の1947年9月と英国の29年後だった。
 そのRAF最大の功績は、「BoB」と略されるバトル・オブ・ブリテン、英国上空の戦いだ。チェコを併合し、1939年にポーランドをソ連のスターリンと“山分け”して地図から消滅させたナチス・ドイツの総統アドルフ・ヒトラーは翌40年、仏をも電撃的に占領。欧州のほぼ全てを手中に収め、次に刃を向けたのがドーバー海峡を隔てた英国だった。
 陸軍大国だったフランスがわずか1カ月半で敗北した事実は世界を驚かせた。陸空が密接に連携した電撃戦を駆使するナチス・ドイツに、もうどの国も立ち向かえないのではないか-。
 しかし英国は屈しなかった。
 The Few~少数者
 フランスの降伏直前、首相のチャーチルは下院でこう演説した。「我々は故郷を守り、戦争の暴風を乗り越え、独裁者の脅威に耐え抜く。たとえ何年でも。たとえ我が国だけになったとしてもだ」
 「我々は海で、空で、街角で、丘陵で戦う。我々は決して降伏しない」
 独は上陸作戦の第一段階として英空軍の基地を破壊するため40年7月10日から、多数の戦爆連合を差し向けた。制空権を奪われれば後がないことを覚悟していた英空軍は、当時最新鋭のレーダーを使った防空システムを駆使し、最新鋭の戦闘機「スピットファイア」や「ハリケーン」で迎撃戦を展開。24時間態勢で独の戦爆連合を迎え撃った。
 一方の独は、戦闘機メッサーシュミットBf109Eの航続距離の短さなどが祟って爆撃機の被害が甚大となり、9月半ば、ついに攻撃を中止する。
 チャーチルの有名な演説「人類の戦いの中で、かくも多くの人々が、かくも少数の人々(the few)から、かくも多くの恩恵をうけたことはかつてない」の「the few」は、シェークスピアの愛国的な史劇「ヘンリー5世」の名台詞を国民に思い起こさせるキーワードでもあったが、演説以後はBoBを戦ったパイロットたちを指す固有名詞(The Few)となった。
 老兵健在
 記念日にはRAFの各基地でもイベントが開催された。特にBoBの最前線であり激戦区となった伝説の基地ビギン・ヒルでは、BoBで戦闘飛行隊長を務めた5機撃墜のエースパイロット、アラン・スコット氏が招待され、スピットファイア(複座型)に乗り込んで記念飛行を行った。
 御年96歳だけに操縦は行わず、同乗者としてのフライトだったが、「私は多くの敵機を撃墜したが、自分の飛行機に(敵の銃弾で)穴を空けられたことは一度もない」と往時を振り返った。
 ビギン・ヒルでは昨年6月、かつて敵として渡り合ったドイツのパイロット、フーゴ・ブロッホ氏(当時95歳)を招待し、同じスピットファイア複座型に乗って記念飛行を実施。JG54所属で81機を撃墜し、旧ドイツ空軍(ルフトヴァッフェ)の存命高位エースでは最年長のブロッホ氏は、かつての宿敵の機体に乗った感想として「スピットファイアは良い飛行機だ。空を飛ぶということ、そして飛ぶことは素晴らしいということを、もう一度体験させてもらった」と感慨深げに語っている。
 また昨年2月には英空軍で航空機輸送を勤めた女性パイロットのマリ・エリスさんが100歳の誕生日記念でスピットファイアに同乗飛行している。
 目玉はRIAT
 各種記念イベントは10月まで行われる予定で、特に欧州各国空軍機が参加して英フェアフォード空軍基地で毎年行われる世界最大級の航空イベント「RIAT」(ロイヤル・インターナショナル・エア・タトゥ=今年は7月13~15日開催)では、100周年を記念して盛大なイベントを展開する予定。観覧席(有料)は芝生席からフルコース付きの豪華席まで各種あるが、100周年の特別イベントを期待する航空機ファンが多く、チケットは早くも一部売り切れが出始めている。