【関西の議論】泳ぐイノシシ、琵琶湖にも…「源氏落ち武者の島」に渡って定住、深刻被害も打つ手なし - 産経ニュース

【関西の議論】泳ぐイノシシ、琵琶湖にも…「源氏落ち武者の島」に渡って定住、深刻被害も打つ手なし

沖島(後方)付近の琵琶湖を泳ぐイノシシ。こうやって生息域を拡大している(平成29年5月、布施幸子さん、奥村ひとみさん提供)
滋賀県近江八幡市の港で確認された泳ぐイノシシ。沖島の方向に向かおうとしている(平成29年11月、南幸則さん提供)
今年に入り、住民が独自に柵を設けたサツマイモなどの畑。「のどかな光景が、柵のせいでおどろおどろしくなった」と話す住民も=滋賀県近江八幡市の沖島
沖島(後方)付近の琵琶湖を泳ぐイノシシ(平成29年5月、布施幸子さん、奥村ひとみさん提供)
 琵琶湖に浮かぶ最大の島、沖島(おきしま)(滋賀県近江八幡市)。国内唯一、そして世界でも珍しい淡水湖の有人島だ。平安時代末期の保元・平治の乱で落ち武者となった源氏側の武士7人が住み着いて島民の先祖になったと伝わる由緒ある島。そこに近年、野生のイノシシが押し寄せ、農作物の被害が拡大している。島には本来、イノシシはいなかったが、対岸から湖を泳いで上陸し、定住しつつあるという。何が起きているのか。(杉森尚貴)
サツマイモが全滅
 島に異変が起き始めたのは平成28年ごろ。サツマイモ畑が荒らされる被害が相次いだのだ。
 「漁の合間に育てたサツマイモだったのに…。悲しかった」。島に住む小川幸子さん(65)はこう嘆く。約10平方メートルの畑で育てたサツマイモがほぼ全滅。土が掘り返され、イノシシとみられる足跡が残されていた。
 沖島は赤土が特徴で、糖度の高いサツマイモが収穫できる。サツマイモを使ったソフトクリームは観光客に人気だ。「まさかイノシシが犯人だったとは。泳いできたと聞いてびっくりした」と小川さんはいう。
困難な対策
 沖島は周囲約7キロ、面積約1・5平方キロで大半は山林。近江八幡市の湖岸の沖合約2キロに浮かぶ。人口は280人(3月末)。豊かな自然環境が残り、近年は観光スポットにもなっている。
 かつて織田信長など時の権力者から漁業の特権を与えられ、現在も主要産業は漁業だ。そのかたわら、農作物をつくる家も多く、一部の平地を使ってサツマイモやタマネギ、キャベツなどが栽培されている。
 そんな島が近年、本来は生息していなかったイノシシに荒らされている。小川さんは「有効な対策は分からない」と嘆く。地区住民たちが話し合い、今年から畑の周りを柵で囲う対策も行っているが、費用がかさみ、生活の負担にもなるという。
 島の高齢化率は60%。高低差の激しい土地が多く、島民だけで本格的な獣害対策を行うのは難しい。被害を受け、県と同市は28年に山と畑の間に柵を設けた。捕獲用の檻(おり)も3つ設置されている。ただ島内に狩猟免許を持つ人はおらず、島外の猟友会が管理しており、これまでに捕獲実績はないという。
 自治会長の北昇さん(49)は「島民でできる対策は限界。イノシシが定着する前に駆除できればいいのだが…」。市は「住宅地への被害も考え、猟銃での駆除はしない方針で、檻による捕獲以外の対応は難しい」とする。
 それにしてもイノシシはなぜ、2キロも泳いで突如島にやって来たのか。
欧米では「グッド・スイマー」
 平成26年の環境省の自然環境保全基礎調査によると、国内のイノシシの生息分布は昭和53年に比べて約1・7倍に拡大。平成27年度の頭数は94万頭(推定値の中央値)と、25年間で約3倍になった。
 離島に現れる「泳ぐイノシシ」を研究している奈良大の高橋春成(しゅんじょう)名誉教授(人文地理学)は、イノシシ増加の原因について「耕作放棄地の拡大」や「温暖化に伴う積雪地の縮小」など複合的な要因があるとみる。
 イノシシは身を隠せる茂みの多い環境を好むため、個体数が増えると、耕作が放棄され下草が生い茂ったかつての農地まで山から下りてくる。こうして、イノシシと人間の居住域が重なり出したという。少子高齢化や過疎化の思わぬ影響だ。
 滋賀県の場合、琵琶湖岸近くの田畑まで生息域を拡大しており、さらに新たな生息域を見つけるため湖を泳いで渡ったと考えられる。高橋名誉教授は「イノシシは鼻がいいので、島の作物のにおいをかいで島を目指したのかもしれない」と話す。
 「泳ぐイノシシ」は沖島だけの現象ではない。高橋名誉教授が平成25(2013)年に西日本の自治体に行ったアンケートでは、沖島のほか、小豆島(香川県)や壱岐島(長崎県)など110の島でイノシシの上陸が確認された。同様の調査では1980年代は3島、90年代は17島、2000年代は42島だったといい、イノシシの上陸は近年急増している。
 高橋名誉教授は「5キロ程度の遊泳は珍しくなく、最長20キロ程度は泳ぐ。山の動物という観念をなくし、海岸付近でも対策が必要」と訴える。
 欧米ではイノシシが海や川を泳ぐことはよく知られ、「グッド・スイマー」とも呼ばれているという。
 滋賀県では平成28年、国宝・彦根城(彦根市)の外堀沿いの遊歩道にイノシシが出現。観光客ら4人にかみつくなどして重軽傷を負わせたことがあった。イノシシは直前に彦根港周辺で目撃されており、川や琵琶湖を泳いでやってきたとみられている。沖島では人的被害は出ていないが、対策は急務だ。
対策は地域ごとで、決定打はなし
 農林水産省は今年度の当初予算で、侵入防止柵などの整備やジビエの利用拡大など獣害対策に計104億円を計上。7年ぶりに増額させた。
 また、鳥獣被害防止特措法では、猟友会や農家などでつくった「鳥獣被害対策実施隊」に対し、捕獲や柵の設置などに報酬を支払う制度もある。
 ただ、離島に限定した対策はなく、同省農村環境課鳥獣対策室は「ソフト、ハードの整備への助成はできるが、罠(わな)の管理など継続した取り組みが必要で、地域の狩猟免許を持つ人や自治体が一体となった活動がのぞまれる」とする。
 離島のイノシシ対策としては、江戸時代に長崎県の対馬で行われた駆除作戦が知られる。対馬藩が農業振興のため9年間で約5千人を動員し、約8万頭を駆除した記録が残る。
 現代では、佐賀県の馬渡(まだら)島で箱罠を利用して平成24~28年度に計257頭を捕獲した実績がある。ただ、高橋名誉教授によると、人口よりもイノシシが多くなった離島もあり、イノシシの増加ペースに追い付いていないという。
 檻に設置した監視カメラでイノシシを認識し、イノシシが入ったところで自動的に檻の扉を閉める最先端の駆除装置もあるが、高額な上、国の補助金交付先も農業被害の大きな地域に限定されている現状で、普及には至っていない。
 高橋名誉教授は、沖島のイノシシは現在、数頭から10頭程度と推測。「今捕獲できれば、被害拡大を食い止められるかもしれない」と話す。
 泳いで生息域を拡大するイノシシ。その対策が急務となっている。