【関西の議論】ゴキブリを100万匹飼育…兵庫・赤穂にある世界最大級の研究所とは - 産経ニュース

【関西の議論】ゴキブリを100万匹飼育…兵庫・赤穂にある世界最大級の研究所とは

ゴキブリを100万匹飼育するアース製薬の赤穂研究所=兵庫県赤穂市
緑色が鮮やかなグリーンバナナゴキブリ
ゴキブリとは思えない外見をしているインド原産のドミノローチ
 夜間に部屋の照明をつけるとなにやらゴソゴソと動く黒い物体が…。「でた!」と思わず悲鳴を上げてしまう人も多いはず。嫌われ者の筆頭ゴキブリだ。暖かくなり各家庭でもちらほら顔を出す季節になった。人間に身近な場所で暮らす虫だが、生態を知っている人は意外と少ない。そんなゴキブリを約100万匹飼育する世界最大級の施設が兵庫県赤穂市にあるという。一般には公開されていないこの施設。「何のために建てられたのか?」。確かめるため取材の約束を取り付け、恐る恐る施設を訪ねた。
(坂田弘幸)
「ごきぶりホイホイ」の拠点
 瀬戸内海に面した赤穂市の坂越湾(さこしわん)を囲むように走る道路を進むと、ガラス張りの近代的な建物が見えてきた。ここがゴキブリを大量飼育しているという施設だ。到着すると、女性が笑顔でやってきた。
 「これから行くところは虫にとって快適な場所ですよ」
 種明かしをすると、ここは「ごきぶりホイホイ」など虫対策用品の製造販売で知られるアース製薬(東京)の研究施設「赤穂研究所」。出迎えてくれたのは同研究所生物研究課の有吉立(りつ)課長。この地は創業者の木村秀蔵氏が明治43年に工場を建てた同社発祥の地という。
 研究所では実験や研究のために国内外に生息するゴキブリやアリ、ハエ、カ、ネズミなどを飼育。飼育方法があまり確立されていない害虫などを一から育て、製品開発につなげている。
 開発や実験の担当者から「成分の効果を確かめるため成虫のメス100匹がほしい」などの注文が入る。このため必要な数を計画的に育てて提供しており、ゴキブリでは1カ月で5千匹~1万匹を実験などに使用する。「飼育しているというより生産している感じ」と有吉課長。
家庭の「クロ」飲食店の「チャバネ」
 ゴキブリは世界で4600種類、日本には58種類いるといわれている。約3億年前から地球に生息するが、有吉課長によると「色や形は当時からほとんど変わっていない」という。
 最初に案内されたのは、国内に生息する二大勢力のクロゴキブリとチャバネゴキブリの飼育室。クロゴキブリは一般家庭でよく見かける種類で、黒光りするグロテスクな身体に長い触角がおなじみ。一方、やや薄い茶色のチャバネゴキブリは体長が約1・5センチと小さく、飲食店やホテルなどに住み着いている。有吉課長は「日本にはもともと固有種のヤマトゴキブリが屋内にいたが、外来種のクロゴキブリに屋外に追いやられてしまった」と説明する。
 飼育室をのぞくと、棚にずらりとプラスチックのケースが並んでいる。「ゴキブリは隙間がないとストレスを感じる」(有吉課長)といい、ケース内に折り畳んだ厚紙を入れ、隙間を作り出している。クロゴキブリは1ケースに400~500匹、チャバネゴキブリは1千~2千匹。物音はなく倉庫のような雰囲気だ。
6畳部屋に60万匹放し飼い
 続いて、屋内で暮らすゴキブリとしては国内最大で、頭のオレンジ色の模様が特徴のワモンゴキブリの飼育室へ。ガラス越しにのぞくと、約60万匹のゴキブリを放し飼いにする6畳ほどの部屋が見えた。床や壁をゴキブリが覆い尽くす異様な光景に、思わず「うわ!」と叫んでしまった。
 思い切って目をこらすと、隅に紙製の筒があり、多くはそこに潜んでいた。室内を活発に動き回っているのはオスで、メスは筒の中にこもりっているという。住宅などでは卵を産むメスを退治することが重要になってくるが、こうした習性のためメスの退治は難しいのだという。
 エサはネズミ用の飼料。60万匹が1週間で約20キロを平らげる。エサが少なくなると共食いすることも。筒にはゴキブリがかじった痕の無数の穴があいており、食欲の旺盛さをうかがわせる。
 試験用に外へ持ち出したり、水を与えたりするために研究員が1週間に数回、室内に入る。大量に飼育しているため、ほうきでゴキブリをはきながらの作業で、室内には「人間にとって不快なにおいが漂っている」という。
 「逃げ出すのを防ぐためにドア付近に『ごきぶりホイホイ』を置いているが、快適なので部屋から逃げるゴキブリはほとんどいない」と有吉課長。ゴキブリにとっては天国のようだ。
意外な一面…視力は0・1以下、食はグルメ
 ゴキブリといえば自然に繁殖するイメージだが、飼育は意外と難しいという。湿度と温度の管理が大切なためだ。例えばワモンゴキブリの部屋では室温を25~27度に保っている。
 有吉課長は「きちんと管理しないとエサにコバエがわき、実験には向かなくなる。一方で、ゴキブリは汚い場所が好きなので、きれいにすると増えない。バランスが難しい」と話す。このほか、ゴキブリコバチという天敵が卵に寄生して食べてしまうこともあるという。
 ゴキブリの視力は人間に置き換えると0・1以下だが、触角と尾(び)毛(もう)が発達し、暗い部屋でも天敵を敏感に察知する。人間がたたこうとしても避けられてしまうのは尾毛で風を感じて逃げるため。実験で尾毛を切断したゴキブリは一発で人間にたたかれてしまった。
 また、ゴキブリは雑食性だが、意外と「グルメ」な一面も。野菜ばかり食べていたグループに牛肉を与えたところ、群がったという。
 「今まで食べてきたものとは違うものを食べたがる傾向がわかった。ゴキブリも人間と同じでバランスよく食べたいのかも」
グライダーのように滑空
 「ゴキブリ博士」といった感じの有吉課長。ゴキブリやハエなどの飼育に20年間携わってきたこの道の専門家だが、入社するまでは虫が苦手だったといい、「この仕事を始めるまではゴキブリを見ると『襲われる』と思っていた」と打ち明ける。
 担当になってからも、手からゴキブリが登ってくるなどの恐ろしい体験をした。ただ、生態が分かるにつれて「ゴキブリも人間が怖いんだ」と感じ、恐怖心が薄れたという。
 ほかのスタッフも同じようだ。
 「人に向かって飛んでくると思って怖かったが、そうではなかった。壁などを登ってそこからグライダーのように滑空している」と話すのは入社9年の浅井一秀さん。もともとゴキブリは嫌いだったが、同社のテレビCMを見て入社を希望した。「研究員になって『なぜゴキブリが生きているのか』を考えるようになった」と話す。
 施設ではエメラルド色に輝く中南米原産のグリーンバナナゴキブリや、気品を感じさせる模様のドミノローチ、ダンゴムシのように丸くなるヒメマルゴキブリなど、珍しいゴキブリも飼育している。
 「今は家にいてもそれほど怖くない」と話す有吉課長。多種多彩で意外とユーモラスな生態を深く知れば、ゴキブリを愛らしく見えるのかもしれない。