【大阪市営地下鉄民営化】変わらぬ安全への使命、徹底を 定年退職の“鉄道マン”の思い - 産経ニュース

【大阪市営地下鉄民営化】変わらぬ安全への使命、徹底を 定年退職の“鉄道マン”の思い

大阪市交通局の北村三郎・中百舌鳥乗務運輸長=28日午後、堺市北区 (安元雄太撮影)
 4月1日に民営化を控えた大阪市営地下鉄で、3月末に定年退職を迎え、地下鉄と一緒に「鉄道マン」としての人生に幕を下ろす市交通局職員がいる。中(なか)百舌鳥(もず)乗務運輸長の北村三郎さん(60)=大阪市西区=で、生まれ変わる地下鉄に「安全・安定・快適にお客さまを電車で運ぶ。これが鉄道マンの最大の使命であり、目的」と思いを寄せる。
 市交通局に入局したのは昭和51年、18歳のときだった。子供のころから電車が大好き。高校生になって大学進学も考えたが、市営地下鉄の運転士募集を知り、「やってみよう」と挑戦したところ、合格した。
 初めて配属されたのは梅田駅。駅員として改札業務やホーム整理にあたった。当時は現在よりホーム幅も狭く、朝のラッシュ時は次から次へと人波が押し寄せた。「黙々と出勤するサラリーマンたちを見て、日本経済の勢いのようなものを感じた」と振り返る。
 堺筋線の車掌を経て、昭和55年から平成2年冬まで、同線の運転士として勤務。運転士になるまでは「師匠」と呼ぶ指導員から約3カ月半、みっちりと運転技能を指導された。
 少しでもブレーキをかけるタイミングが合わなかったり、衝撃があったりすると「ジャガイモを運んでいるんじゃないで! お客さまの命を運んでるんや!」。厳しい声が飛んだ。「師匠からは鉄道マンとしての心構えを徹底的に教えてもらった」と感謝している。
 その後、助役や駅長を経験。若手駅員らの指導や教育にもあたり、確認作業の徹底などを通じ、安全意識の向上を図った。
 中でも定時運行は安全と直結する大切なもの。若手運転士には「運転士の『士』は武士の『士』。運転士にとっての刀は時計や」と教えた。もし時間に遅れたとしても焦るのではなく、どの程度遅れているのか「正確な時間を把握することが大切だ」という。
 鉄道マンとしての人生は42年間に及んだ。「もともと公務員というより鉄道マンという意識が6対4、いや、7対3ぐらいだった」と笑う。電車の安全運行に尽くし続けてきたプロとしての自負がうかがえる。
 4月1日からは新会社「大阪市高速電気軌道」(愛称・大阪メトロ)が運営を引き継ぎ、「大阪市交通局」の名前がなくなる。少し寂しいが、地下空間の発展や他の民間鉄道会社との連携など大阪メトロへの期待は大きい。「長い歴史で培われてきた安全への使命をこれからも引き継いでいってほしい」。なによりこう強く願っている。