車いすに「カルテ」兵庫・尼崎の自転車店主が考案、その理由とは

関西の議論
点検結果を車いすカルテに書き込んでいく石本雅映さん=兵庫県芦屋市

 足の不自由な人の生活に欠かせない車いす。ぶつかったり転倒したりするほか、車や自転車との衝突事故などのトラブルも珍しくない。ただ、その原因が車いすの整備不良だったケースも多いという。そこで、車いすの不具合にいち早く対応して事故を防ごうと、兵庫県尼崎市の自転車店の店主が、車いすを点検する際のポイントをまとめた「車いすカルテ」を作成した。カルテを利用すれば、数週間かかることもある車いすの修理が、短時間で済ませられるという。地域に根ざした自転車店の取り組みが、車いすの利便性を大きく高める可能性を秘めている。(中井芳野)

80の点検項目で作成

 「ブレーキはしっかりと固定されているか」

 「ねじに緩みはないか」

 兵庫県芦屋市の特別養護老人ホームでは、大正10年から続く尼崎市の老舗自転車店「石本自転車」3代目店主の石本雅(まさ)映(てる)さん(60)が、ホールに並んだ車いすを慣れた手つきで点検し、車いすカルテに次々と書き込んでいった。

 1台のカルテの書き込みにかかる時間は約30分。背もたれを地面につけるようにひっくり返し、点検箇所に顔を近づける。タイヤが擦れて滑りやすくなってはいないかなど手の感触も頼りにし、約80ある点検項目を一つずつ確認していく。

 点検項目はすべて石本さんが考案したもので、リクライニング式の車いすには特別な項目を設けるなど工夫を施している。異常があれば詳しい内容を書き込み、最後にタイヤの大きさや車種が分かるように写真を撮影して終了する。

 この施設では昨年4月、車いすに乗る80代女性が食堂から移動する際に、タイヤの空気が十分に入っていなかったためブレーキがうまく効かずに車いすから滑り落ちる事故があった。尻から落ちたため、幸いけがはなかったが、車いすの定期点検の時機を見直すきっかけとなった。

 ほかにも、タイヤと車体をつなぐねじが緩んでいたため移動中に前輪が外れたり、車いすと利用者のサイズが合っておらず動こうとした際に車いすごと転倒したりするなど、ヒヤリとする事例は後を絶たないという。

 施設の担当者は「点検や故障には細心の注意を払っているが、スタッフも利用者も車いすの正しい知識を持っている人が多くない」と話し、「車いすの相談を気軽にできるところがあれば」と考えていたところ、石本さんからカルテの提案があり、作成してもらうことを決めた。

手軽に点検修理を

 自転車ひと筋だった石本さんが車いすの整備を始めたのは、平成26年に店舗近くに住む車いす利用者から「手軽に車いすを修理に出せる場所があれば」との切実な要望を聞いたのがきっかけだった。一般社団法人「日本福祉用具評価センター」(JASPEC)が認定する「車いす安全整備士」の資格を取得し、車いすの点検や修理ができるようになった。

 車いす安全整備士は現在1363人。毎年6回、認定試験が行われ、福祉施設の職員や医療関係者の取得が多い。

 石本さんの場合、自転車の整備で培った経験も生かされ、資格取得後は修理や点検の依頼が相次いだ。数十台の車いすを管理する老人ホームなどからの依頼で出張修理へ出向くことも多く、阪神間を走り回る日々が続いた。

 ただ、故障の連絡で現場に駆けつけ、そこで初めて「修理が必要な箇所はどこか」「必要な部品はなにか」などと点検する従来の方法では時間がかかるため、修理が可能な台数に限界があった。効率的な方法を模索するなか、「事前に車いすの詳しい状態が分かれば素早く修理に取り組める」と車いすのカルテを思いつき、28年に作成を始めた。

 現在、阪神間の福祉施設を中心に約280台分のカルテを作り、それぞれの修理箇所や部品などに関する情報を集約している。注文を受けている車いすだけでも、ほかにも約400台分あるという。

 JASPECの西山輝之管理部長(47)は「タイヤの空気が十分に入っていないなど不備がある状態で車いすを利用している人がほとんどだ。方向転換がうまくできなかったりと事故のもとになる」と利用の現状に不安をみせ、「カルテがあれば安全な車いすが増える」と、石本さんの取り組みに賛同する。

不備のまま放置で事故

 一般社団法人「日本福祉用具・生活支援用具協会」(JASPA)によると、27年度に国内大手メーカーが出荷した手動車いすは約50万台。高齢の利用者が多く、耐久年数の10年を超えて使っていたり、故障したまま使用したりするケースも少なくないという。

 警察庁によると、28年に手動車いすが車や自転車などと絡む事故が76件発生し、4人が死亡した。JASPAの板東哲郎事務局長(69)は「不備がある状態で利用すれば大きな事故につながりかねない」と警鐘を鳴らす。

 このため、手軽にできる定期点検や修理の場の整備は急務だが、ほとんどの車いす利用者は故障するとメーカーに郵送して修理を依頼する。梱(こん)包(ぽう)作業にかかる手間や1万円以上する郵送費など負担は小さくない。また、最低2週間はかかる修理期間は慣れない代車を利用することになるため、修理に出さず故障したまま利用する大きな要因となっている。

 そこでカルテを作っておけば、必要な部品なども事前に把握するため、迅速な対応が可能になる。石本さんは「車いすは利用者の足なので、いつでも助けることができる環境が必要。今後数年以内に阪神間の全ての車いすでカルテを作り、24時間修理に対応できる『車いす安全センター』を作りたい」と構想を語る。

 車いすカルテの取り組みについて、板東事務局長は「カルテ作りが広がり、かかりつけの“車いす病院”ができれば、車いすの具合が悪くなる前に点検を受けるなど、今よりも安心して利用できるのでは」と期待している。